五輪を1年後に控えた北京の動向=野球だけじゃない「プレ五輪」シリーズ

朝倉浩之

野球だけではなく、ビーチバレーなどさまざまな種目で「プレ五輪」は行われている 【朝倉浩之】

 いよいよ「北京五輪」が動き出した――とは言っても、まだ本番までは1年を切ったばかり。だが、すでに北京市内のあちこちに建設された“オリンピック競技場”には、連日、世界中のアスリートが、その感触を一足早く味わおうと、集まってきている。そして北京市民たちは彼らの一流のパフォーマンスを目にし、来年の本番への期待を膨らませている。

「グッドラック北京」と名付けられたプレ五輪シリーズ大会が今月7日から、いよいよ北京で始まった。「プレ五輪」の名の下に行われる大会は7月の女子サッカーからだが、主会場である北京での開幕が実質的なスタートともいえる。中国語では「好運北京(ハオユン ベイジン)」。本番に向けて、施設面、運営面、警備面等で経験を積むための一連のシリーズ大会である。来年6月のオリンピック直前まで、42種目(うち世界選手権レベルの大会が14種目)の開催が予定されている。
 そして、8月20日現在、すでにボート、ホッケー、ビーチバレーが終了。18日に星野JAPANの初陣となる野球が始まったが、このほか今週はレスリング、BMX、アーチェリーなどが次々と始まる。それぞれ“本番”と同じ競技場と周辺施設を使用し、ボランティアによる大会運営なども、全く同じ形で行われる。

ホスト国としての狙い 競技面と運営面

人気種目となっている野球会場の入場口には、子どもたちが大勢押しかけた 【朝倉浩之】

 このプレ大会は、中国にとって、競技面と運営面でさまざまな目的がある。まず競技面では、特に中国の「不得意種目」において、五輪前に世界レベルの代表チームと戦い、「世界との差」を感じることが挙げられよう。特にホスト国として、予選が免除される競技においては、この機会は重要である。加えて、各競技において、ある程度の成績を挙げて、メディアの露出度を上げ、市民のオリンピックに対する注目を高めようという狙いもある。つまり、負けることで何かを得ようとするとともに、「勝利も求める」というわけだ。
 そんな思いは招待国選びに絶妙に反映されている。先日のホッケーでは、男女とも世界最強国の一つ、オーストラリアが招かれているが、それ以外の国はいずれも格下。案の定、決勝は男女とも中国対オーストラリアとなり、いずれも敗れたものの、決勝戦は大きな注目を集め、メディアもこぞって、この“準優勝”を話題にした。ちなみに、ほとんどの大会は地元北京テレビのスポーツチャンネルで連日、生中継されている。

 また運営面でのテストも重要だ。交通、治安、ボランティアの運用、選手の宿舎や食事の管理など、各方面での試運転が始まることになる。たとえば、交通面では、いまや最大の社会問題となっている自動車の渋滞を解消に向け、先週金曜日から20日まで、車体ナンバーの奇数と偶数の車を交互に規制する実験を行った。ちなみに、この「大実験」2日目の18日、市内で観察してみた。私の見る限り、走っていたのは、この日許されていた偶数ナンバーがほとんどで、奇数の車はあまり見かけなかった。当日の各報道も、“渋滞多発地帯”で、交通量が大幅に緩和されたことを伝え、成果を強調していた。

 さて、この週末は、星野JAPANの初陣となる野球が北京でも大きな注目を集めている。チケットは、大会2日前に予選リーグすべてのゲームが売り切れ。開幕戦となった土曜昼の「中国対フランス」は地元小学生の団体や親子連れなど、子どもたちの姿が数多く見られた。試合後、近くに住む小学生5年生、王洋君は「野球の試合を見るのは初めて。中国の選手は格好よかった」と目を輝かせて答えてくれた。

 野球だけでなく、ボートも前売り券が完売するなど、チケット販売は非常に好調だ。このプレ五輪は競技、運営面でのテストであると同時に「大勢の市民にスポーツを見る機会を提供し、五輪ムードを高める」という目的もある。それに関しては、上々の滑り出しともいえるだろう。

素晴らしいボランティアスタッフ

オレンジ色のユニホームを着たボランティアスタッフたち 【朝倉浩之】

 では、肝心の大会運営においてはどうだったのか。
 これまでのところ、私個人の印象では、「予想以上」の成果が表れていると思う。試合進行もきっちりとしているし、記者会見の進行や取材許可などのメディア対応もまずまずだ。すでにソフトボールやテコンドーの世界選手権開催を通じて、一歩ずつ経験を積み重ねてきた結果だと思う。だが、メディア対応に限って言えば、ここまでの大会は中国国内メディアがほとんど、という環境だったのに対して、日本メディアが大挙して訪れた野球で、どんな問題点が表れるか・・・今後も、メディアだけでなく、海外から訪れた観客の不満や要望に素直に耳を傾けることが必要になろう。

 さて、運営面において、特に取り上げたいのはボランティアの存在だ。オレンジのポロシャツに身を包んだボランティアが活躍する様子は、すでに北京市のお馴染みの風景となっている。彼らは主に北京市内の大学生。競技場内だけでなく、市内のあちこちに設けられたボランティアステーションで、会場を訪れる市民やメディアに対応している。
 試合会場に入ると、笑顔で「ニーハオ」と“向こうから”挨拶してくれた。日本ならば当たり前のことだが、中国では、こんな風にあいさつをしてもらえることはほとんどない。だから余計にうれしくなって、こちらも思わず、笑顔がほころぶ。日中35.6度を超える猛暑の中での一服の清涼剤だ。大会が始まったばかりということもあるだろうが、みんな生き生きとしていて、質問をすると、笑顔で一生懸命に答えてくれる。また彼らの礼儀正しさも印象に残った。事前にたっぷりと行われた研修の賜物(たまもの)ともいえるだろうが、とかく「マナーの悪さ」が指摘される中国人のイメージを彼らが変えるかもしれない。「オリンピック世代」に期待……というところか。

 一方、選手に聞くと、運営面でやや戸惑うことも多かったという。ビーチバレーに出場した日本のある選手は「スタッフの中で意思統一ができておらず、選手側が振り回されることがあった」と語る。全体を統率するリーダーがいない、もしくは、いても全体を把握しきれていない、という実情が伺える。
 また、てっきり日本語ができる世話役がつくのだろうと思っていたら、結局、日本語のできるスタッフはいなかったそうだ。そういえば、野球でも、言葉の問題があった。大会前の記者会見で、日本メディア向けに用意された日本語通訳が、やや力不足で、出席者から不満が上がった。中国国内の「日本語人材」が非常に豊富なことは私もよく知っている。それだけに、「なぜ……」という感はある。英語ができないのを棚に上げて何を、と言われてしまえば、それまでだが、せめて選手たちには、競技に専念できるよう、豊富な語学人材を生かしてほしいと願う。

プレ五輪シリーズをブログでリポート

 ただ全体的にはプレ五輪「グッドラック北京」は順調なスタートを切ったといえよう。先に開かれたホッケーやビーチバレーもレジャー感覚で観戦に訪れる家族連れの姿が多くあった。毎日どこかで華やかなスポーツの国際大会が行われている――スポーツフリークにはたまらない素晴らしい環境を五輪より一足早く、北京市民は満喫している。

 このプレ五輪、9月には近代五種やトライアスロン、10月にはテニス、バドミントン、そして11月には柔道や体操など、日本でも注目の競技が次々と行われる。私自身も、来年の五輪に向けた北京の雰囲気をお伝えするため、すべてのプレ五輪に足を運ぶつもりだ。ぜひリポートに期待してほしい。

<了>
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著者プロフィール

奈良県出身。1999年、民放テレビ局に入社。スポーツをメインにキャスター、ディレクターとしてスポーツ・ニュース・ドキュメンタリー等の制作・取材に関わる。2003年、中国留学をきっかけに退社。現在は中国にわたり、中国スポーツの取材、執筆を行いつつ、北京の「今」をレポートする各種ラジオ番組などにも出演している。

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