明日、明らかになるもの=日々是最終予選2008−09

宇都宮徹壱

アウエーが実感できないマナマの昼下がり

試合前日のバーレーン・ナショナルスタジアム。いよいよW杯出場に向けた長く厳しい戦いが始まる 【宇都宮徹壱】

 バーレーンの首都・マナマに滞在して2日目。この日は午前中に、同じホテルに投宿している同業者と連れだって、市内のショッピングセンターに向かった。ラマダン(断食月)である上に、イスラム教徒の安息日である金曜日であるためか、午前中から開いている店は半分くらいしかなく、何とも閑散としている。何を買うでもなく散策しながら、ふとのどが渇いたのでペットボトルに口をつけようとすると、いきなりガードマンらしき男ににらまれた。そうだ、今はラマダンであった。慌ててペットボトルをバッグにしまい込む。たとえ異教徒であっても、人前では何も口に含んではならないのである。

 あらためて、イスラムの戒律の厳しさは実感するものの、ここマナマでアウエーを実感することはほとんどなかった。道を歩いていても、テレビをつけてみても、これからワールドカップ(W杯)のアジア最終予選が始まる高揚感とか、初戦の相手である日本に対する敵愾心(てきがいしん)とか、そういった非日常的な空気というものがまるで感じられないのである。
 たとえば、3次予選でこの6月に訪れたオマーンであれば、道ですれ違う人々から「ジャパーン?」と声をかけられ、それから「スリー・ゼロ(3−0で勝つぜ)!」と、およそ現実的とは思えぬ捨てぜりふを吐かれるのがお約束であった。ところが今回のバーレーンでは、W杯予選特有の民間レベルでのコミュニケーションが、まずもって皆無なのである。

 考えてみれば、そもそもバーレーン人と出会う機会は非常に限られているのだから、当然なのかもしれない。日中、町中を歩いているのは、ほとんどがインドやパキスタンやフィリピンを出自とする出稼ぎの労働者ばかり。ホテルやタクシーといったサービスで出会う人々もまた同様である。気温40度を超える日も珍しくない過酷な暑さに加え、ラマダンということもあって、バーレーンの人々は昼間はほとんど出歩かないようだ。彼らが活動を開始するのは、日が傾いてアザーン(イスラムの礼拝の呼びかけ)が大音響で流れ、ようやく断食が解禁される夕方6時以降である。だが、その時間帯になると、こちらも日本代表の取材の準備に取り掛からなければならない。そんなすれ違いゆえに、アウエーの雰囲気を思い切り満喫できるのは、やはり試合当日まで待たなければならないようだ。

コンセプト重視の指揮官、肉づけする中村俊

前日練習に励む日本代表を、スタジアムに設置された王族のポートレートが静かに見つめる 【宇都宮徹壱】

 日本代表の前日練習は、試合会場のバーレーン・ナショナルスタジアムで21時から行われた。いつものようにメディアへの公開は冒頭15分のみ。軽めのアップとストレッチ、そして2人ひと組になってのパス交換、1対1、リフティング、といったところでクローズとなった。明日の試合を展望するには、やはり監督や選手が発した言葉から類推していくしかなさそうだ。

 練習後の会見。岡田監督は、自身が定めた「コンセプト」を押し通すことを、あらためて宣言していた。

「どんな相手に対しても、われわれは自分たちのコンセプトの中で対応していく。そのためにコンセプトを作ったわけですから。今回、相手がこう来るからといって、コンセプトに新しいものを作るつもりはありません」

 この言葉からは、前回の3月にバーレーンと対戦し、敗れたときの教訓と反省が色濃くにじみ出ている。あの試合で岡田監督は、バーレーンの戦術に呼応するかのように、それまで一度も実戦で使っていなかった3バックを選択。しかし結果は見事に裏目に出て(4−5−1と思われていた相手のシステムは、実際には3−5−2だった)、お互いロングボールの蹴り合いを演じてしまい、最後はGKの判断ミスを突かれて0−1で敗れてしまった。岡田監督が「オレ流」を言い出したのは、この敗戦の直後のこと。とはいえ、その実態は「攻守の切り替えを素早く」とか「ボールを奪われたらチェイスして奪い返す」といった、実にシンプル極まりないものであった。そのシンプルなコンセプトが、いかにアジアとはいえW杯最終予選の場で、果たしてどれだけ通用するのか――それは、フタを開けてみるまでは分からない。

 ところで、この日の前日練習で最も私の目を引いたのが、中村俊輔であった。ストレッチをしている間、彼は内田篤人と松井大輔に対して、しきりにコミュニケーションしていたのである。内田とは縦のラインで、松井とは逆サイドの関係で、それぞれコンビを組むことになるから、話の内容は間違いなく戦術に関するディテールの確認だろう。指揮官が提唱する愚直なチームコンセプトに、中村俊のアドバイスが加わることで、初めてゴールまでの道筋が明確化され、その具体性が肉づけされていく。海外組が加わって、ようやくチームとしての体(てい)が整った感のある日本代表だが、その中心にいるのは間違いなく中村俊だ。心強く感じると同時に「俊輔依存」という現実をあらためて痛感する。
 何はともあれ、明日になれば、これまで覆い隠されていたものがすべて明らかになる。バーレーンのアウエーの雰囲気も、そして現在の日本代表の真の実力も――。

<この項、了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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