北京五輪よりカブス…の街からエール

阿部太郎

五輪の盛り上がりに欠けるシカゴ

「競泳100メートル平泳ぎで北島(康介)が優勝したらしいよ。しかも、世界新で」

「本当か? (ブレンダン・)ハンセンはどうだったんだ? 何位だ?」

「うーん、メダルは取ってないんじゃないかなぁ。メダリストに名前がなかったよ」

 そう言った瞬間、なじみの米国人記者は頭を抱えて、「オー!」と残念がっていた。3位にも入っていないことがよほど信じられなかったのか、いつも整っている七三の髪は頭をもだえたことで少し乱れていたように思う。

 彼とは球場でよくオリンピックの話が出る。なぜなら、彼がオリンピック大好き人間だから。よく日本のオリンピック・メダリストの名前を出しては、自慢げな表情を見せる。しかし、ほかの現地記者、特にシカゴの記者とはオリンピックの話など一度たりとも出ない。

 ホワイトソックスのプレスボックス後方に7、8個の液晶テレビが設置されているのだが、つい先日、その一つが北京オリンピックの開会式の模様を映していた。もちろん、自分はその映像を食い入るように見つめ、数人の日本人記者も同様に見入っていたが、現地の記者が関心を寄せることはあまりなかった。あれれ。シカゴは2016年オリンピックの招致をしているんじゃなかったっけか。

 シカゴの街を歩いていて、電車やバスに乗っていて、「オリンピックやってます!」的な看板を見ることはまったくない。日本(特に東京)では街頭を歩けば、「おー、もうすぐオリンピックかあ」と思えるようなポスターや広告にぶち当たったが、こちらがぶち当たるのはカブスのユニホームの「1」、「38」、「12」ばかり(この背番号でどの選手か分かればカブス通だ)。もちろん、スポーツ・バーに行けば、オリンピックも放送されている(水泳、陸上が多いと思う)が、横で行われているカブスの試合にくぎ付けの客もいる。

 そう考えると、日本人は本当にオリンピックが好きだなあと思ってしまう。もちろん、自分もその一人。北京オリンピック前から、自分の中で復習と称して前回のアテネオリンピックってどうだったかなあ、と一人インターネットの動画サイトをチェックした。クリックすると、ゆずの「栄光の架橋」が流れてきて、それだけでぐっと胸が熱くなる。松坂大輔がオーストラリア戦に敗れて茫然(ぼうぜん)とグラウンドを見つめるシーンがあると、「いいんだ。これがあったから、今の松坂があるんだ」などと、ひとりつぶやく。ただのオヤジだな。

やはり注目は星野JAPAN

 そして、今はシカゴの誰よりも、現地記者の誰よりも、オリンピック関連の記事を読んでいると、一人自負している。「仕事をしろ!」とおしかりを受けそうだが、4年に1度の祭典。勘弁してつかあさい。

 北島、「ちょー気持ちいい!」。内柴、「お父さんは強い!」。谷本、上野、「お見事一本!」などと、一人大騒ぎしていたが、やはり一番の注目は星野JAPANである。北京に行って取材はできないが、気になって気になってしょうがない。それはこちらにいる日本人メジャーリーガーも同じ。特に福留孝介や松坂ら、オリンピックに縁の深い選手は目を凝らして見ているころだろう。

 そしてきのう――。ついにその星野JAPANが始動した。北京との時差が12時間ある筆者も、しっかりと早起きしてインターネットをチェック。何度も「F5(更新ボタン)」を押し、試合経過を確認する。強豪、キューバとの対決だけに、大勝などはなかなかできない。先制点。まあ、しょうがない、しょうがない。まだまだ〜。よーし同点に追い付いたあ。あれ、ダルビッシュ有、どうした? よーし同点に追い付いたあ。あれれ!? ダルビッシュ、サエコ夫人も応援に行ってるんだろ。えー!? 勝ち越された。あら、あらら、あららららーーーー。2−4。初戦、黒星発進。シカゴの片隅でがっくりと肩を落とす。心の中に「栄光の架橋」が流れてきた。

小林「全戦全勝なんて考えるな」

 “君の心へ続く架橋へと――”……いやいやいや、ちょっと待てよと思った。まだ、感傷に浸るのは早い。初戦落としただけではないか。改めて自分の心を震い立たせる。そう言えば!

 あれは、6月だったか。ちょうど、シカゴに遠征に来ていたインディアンスの小林雅英に、アテネのこと、オリンピックのことについて聞く機会があった。小林はアテネオリンピックでの最大の敗因に関してこう話していた。これって、今思うとすごく金言ではないか。

「8チームあって、予選リーグで7試合戦うじゃないですか。僕らの場合は7試合全部勝って準決勝、決勝でも勝って金メダルを取るというのが当たり前のような雰囲気だった。シーズン中だって、どんなに強いチームでも9連戦9連勝なんてなかなかできないでしょ。それをましてや国際舞台でやろうとしていたっていうところが、まずオリンピックの経験不足だったなと」

「予選は予選。決勝トーナメントの4つの内の1つに入って決勝に残るということがすごく大切なのに、全部勝つことに目標意識があったというか。それがプロだけで行ったプライドになってしまって……」

 そう、これだ。こういった国際大会は「波」が大切。初回からハイテンション、決勝までぶっちぎりというのは、そうできるものではない。まずはしっかりと予選リーグを突破し、決勝トーナメントに「波」のピークを持っていくこと。これが大切である。こう考えれば、怒られるかもしれないが、キューバの敗戦も想定内として、きょうからの台湾戦以降を戦った方がいいかもしれない。宮本、上原、アテネを経験しているメンバーもいる。慌てず、騒がず。5勝2敗ぐらいがちょうどいいと思って、次戦へ突き進め。よし!っとなぜか一人自分を納得させた。

 “君の心へ続く架橋へと――”。まだテーマソングはアテネのままだが、しっかりと頭は北京モードに突入している。北京モードに突入しているのかどうか分からないシカゴの街で、一人異彩を放ちながら。

 さて、きょうも早起きして「F5」を精いっぱい押すとするか。

<了>
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著者プロフィール

1978年1月9日生まれ、大分県杵築市出身。上智大卒業後、シアトルの日本語情報誌インターンを経て、スポーツナビ編集部でメジャーリーグを担当。2008年1月より渡米し、メジャーリーグの取材を行う

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