タフネス福留、山本昌200勝達成に思わぬ珍言=小グマのつぶやき
タフな20連戦で「貯金」を増やしたカブス
「メジャーリーグはタフだ」とよく言うが、取材していると、そのタフさが身に染みて分かる。たとえば、4日に行われた試合。前述したように、竜巻が起こるわ、雷は鳴ってリグレー・フィールド付近に落ちるわ、もう大荒れの天候だったのだが、それでも雨がやむのを待って再開しようと粘りに粘った。最後の最後まで待っても激しい雨が降りやまず、ようやくコールドゲームの運びとなったが、18時すぎに始まった試合は、結局深夜0時直前に終了。その約6時間で、半分以上は中断していたのだから、取材者としては「早くやめときゃよかったのに」と疑問に思ってしまう。カブスの首脳陣は、チームが0−2で負けていたからやりたかったのだろうけど。
さらに、翌日がナイトゲームだったら、まだ選手も救われたのだが、これが翌日はカブス特有のデーゲーム。深夜0時近くに終わって、次の日は昼の13時20分には「プレーボール」と、なんとも酷なスケジュールをこなさなければならなかった。もちろん、福留はスケジュールに文句をつけることはないし、「これがメジャーのスタイルですから」と言ってのけそうだが、内心「おいおい」と思っているかもしれない。
山本昌200勝達成に刺激を受けた福留
4日の巨人戦で200勝を達成した中日・山本昌 【写真は共同】
渡米後も山本昌とは連絡を取り合っているという福留。いつもは、ほかの選手のことに関してあまり多くを語らないが、山本昌の200勝の話題になると冗舌になった。
「200勝というのは、今ではそう簡単にできる数字ではないでしょう。それを完投でね、投げ切ってとったというのも、まささんらしい。(しかも)それが巨人戦だったというのも、よっぽど(巨人が)好きなのかなと思いますけどね」
そして、「満足したことは1度もない」というストイックな福留らしい言葉も送っている。
「200勝してここから気を緩めないで。けがせずに、200勝ったから次はなしというわけではないんでね。その次を、少しでも上を目指してもらえたらいいなと思う。まささんもそれはよく分かっていると思う」
山本昌と福留 20年の時を経て
ところで、山本昌は1988年に渡米し、ドジャースの下で野球留学を経験している。その当時は携帯電話もない、インターネットも発達していない時代。山本昌はひどいホームシックにかかってしまった時期があるらしい。それから20年の時を経て2008年、福留は米国にやってきた。ある記者が山本昌のエピソードを福留に話し、「ホームシックはないか」と尋ねると、「僕はないですね、ホームシックは」。
そして、にやりと笑い一言。
「まささんもなかったんじゃないですか? ラジコンがあればいい(大丈夫)でしょう」
無類のラジコン好きである先輩について語る福留の顔は、いつにもまして晴れやかだった。
<了>
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