“不惑世代”でただ一人、藪が勝ち残った理由 

阿部太郎

貴重な中継ぎとして活躍

39歳の藪の奮闘は!? 【AFLO SPORT】

 ことしのスプリングトレーニングは、いわゆる「不惑の世代」が活字の見出しになることが多かった。野茂英雄、桑田真澄、高津臣吾、そして藪恵壹。全員がマイナー契約からのメジャー再挑戦。野球選手としてのピークの時代はとうに過ぎ、もう40にさしかかろうとする男たちの奮闘は日本の同世代の人々に共感を呼んだことだろう。

 ただ、現実は厳しかった。高津がキャンプ中に解雇を言い渡されると、桑田がメジャー開幕を待たずして現役の引退を表明。野茂は3年ぶりのメジャー昇格を果たしたが、わずか3試合に登板しただけで解雇を告げられた。そんな状況の中、藪だけは今もジャイアンツの貴重な中継ぎとして活躍をしている。

 オールスターブレーク前最後のカブス3連戦。シカゴに来た藪はスプリングトレーニングのときと変わらぬ輝きを放っていた。春に「メジャーでシンプルに投げたい」と瞳をギラギラさせていた藪が、今回話をしたときは「70試合投げたいね」。さらに、威勢のいい言葉が飛び出す。

「JFKではないけど、YWW(藪、ウォーカー、ウィルソン)でいきたいよ」

 前半戦終了時点で39試合に登板し、2005年オークランドでの登板数40試合にすでに並びかけている。これだけ登板が増えて肉体的に問題ないかと聞くと、「まっーたく」と白い歯がこぼれる。ただ、いたずらっぽい笑みを浮かべながら「歯が悪いんで、それだけが」。

 話は少しそれるが、春のキャンプのとき、歯にまつわる「おもしろエピソード(?)」があったことをシカゴで暴露してくれた。

「キャンプの最後にシアトル戦のブルペンで、そのときは挿し歯だったんですけどグルー(歯につける接着剤)つけるの忘れて。最後の投球練習のとき、パッと投げたら、(目の前を)フッーって何か飛んだの。オレは白いの飛んだなっと思って、あ、歯だって。あわてて拾って後ろ向いて、フッフッして入れたもん」

 今だから笑って話せるのかもしれない。そのときはメジャー昇格か、マイナー降格かで、1試合1試合が生き残りをかけた大事な時期。藪は歯のアクシデントにもめげず、メジャー昇格を決めた。

マイナー降格の憂き目にも腐らず

 さて、今やジャイアンツの中継ぎとしては最多のイニング数を投げ、なくてはならない存在となっている藪だが、今季1度だけマイナー降格の憂き目にあっている。くしくも3年ぶり勝利の翌日、藪は故障者リストから復帰してきた中継ぎのビニー・チョークの代わりにマイナーに落とされた。藪よりも結果を残していない投手はいたが、本人は割り切った口ぶりでこう話す。
「しょうがないよね、契約的にオレが一番弱いから」

 だが、このマイナー降格が逆に本人のモチベーションを高め、結果的に「良かった」と話す。

「キャンプから1カ月半ぐらいずっとぎりぎりのところ(気持ち)でやってきたから、(マイナーに落ちて)そこで一度ホッとできた。その辺からでしょうね、またもう1回モチベーションが上がってもう(マイナーに)落ちたくないと」

 結局、藪はマイナーに4日しかいなかった。チームに故障者が出て、再びコール・アップされたのである。ここから藪はしっかりと結果を出していく。5月は11試合(16.1イニング)に登板して、防御率1.10。自責点はわずか2しかなかった。6月は12試合(9.1イニング)に登板して、防御率こそ6.75と跳ね上がっているが、内容を見るとロイヤルズ戦で4失点、アスレチックス戦に3失点と2試合打たれただけで、それ以外に自責点はない。本人はメジャーに再昇格してから今まで「ずっといい状態が続いている」と口ぶりも軽い。

 藪の活躍の理由。もちろん、タフな精神力も一因に違いないが、彼の分析力、研究熱心さも起因していると思う。春のスプリングトレーニング。自分の投球が終わると、早々とクールダウンしてあがる選手が多い中、彼はずっと試合終了までベンチで対戦相手の打者の特徴を見ていた。浪人時代も糧となっている。サンフランシスコの自宅でテレビにくぎ付けになった日もある。藪が「野球をできなかった2年が大きいよね」と話すのは、精神的なものだけでなく、しっかりとメジャーの野球を分析できたという思いも含まれている。

メジャーで投げたい一心

 藪いわく「本塁打は防げる」という。

「いつもホームランは防げるかって話を投手のみんなとするんですけど、ボクはホームランを防ぐ工夫っていうのはあると思う。配球だけじゃなくて、何の投げ損ないかをすごく研究する必要がある。ビデオを見てみると、結局アウトコースの真っすぐだとか、右打者のチェンジアップの投げ損ないがホームランになっている。そしたら、マウンド上でそのサインが出たときには、『ここは気をつけていかなきゃいけない』っていう意識が一つ働くので、そこで一つファイアウォール(本塁打を抑制)できるかなと思う」

 藪のこういった研究は結果に表れている。今季の被本塁打はわずか2本。その2本にしても、対戦の多い同地区からは1本も打たれていない。「まだまだ研究不足だね」と話す他地区のチームに浴びた一発であり、さらにいうと、5月以降は1本もホームランを許しておらず、藪の「本塁打は防げる」という自信は確信に変わっていることだろう。

 気付いた方もいるかもしれないが、藪が今季大炎上したのはアメリカンリーグの2チームだけ。本人は「インターリーグ(交流試合)はダメだぁ」と、半ば自虐気味に話していたが、逆に言えば、打者の特徴をしっかりと把握し、分析しているナショナルリーグではある程度の結果を残す自信があるのではないか。39歳の藪の奮闘は今後も続きそうな気がする。

 ところで、藪にダッグアウトで話を聞いていたら、いろんな選手がニコニコしながらやってきた。名手オマー・ビスケルはわれわれの横に座って、藪にちょっかいを出す。大選手が「ヤブはオレより髪が多い」なんて、帽子を脱いで自虐ネタを披露しながら。あるコーチはYMCAの曲にのせて、「Y・A・B・U」と歌っていた。藪も真っ黒に日焼けした顔をくしゃくしゃにして笑顔を見せる。その笑顔はスプリングトレーニングのころと何も変わっていなかった。ただ、野球が好きで、「メジャーで投げたい」と一心に願っていたあのときのまま――。

<了>
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著者プロフィール

1978年1月9日生まれ、大分県杵築市出身。上智大卒業後、シアトルの日本語情報誌インターンを経て、スポーツナビ編集部でメジャーリーグを担当。2008年1月より渡米し、メジャーリーグの取材を行う

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