中西悠子が北京で目指す最高の泳ぎ、最高の笑顔

萩原智子

3回目の五輪を控えた中西悠子。果たして、北京では「最高の笑顔」を見せることができるのか!? 【Photo:Atsushi Tomura/アフロスポーツ】

 4月の北京五輪代表選考会を兼ねた競泳日本選手権において、各選手がタッチの差でデットヒートを繰り広げる中、圧倒的な強さで勝利し、代表権を獲得した中西悠子選手の姿が、今でも目に焼き付いています。中西選手は競泳五輪代表チームの最年長で、女子キャプテンも務めます。3回目の五輪出場権を手にした大ベテランが、この夏、「自分自身の最高の泳ぎ」を目指して、残りの日々を必死に過ごしています。

ブロンズコレクターからの脱却

 中西選手と私は、ジュニア時代から合宿や大会などで、一緒に闘ってきた仲間です。同じ時代に切磋琢磨(せっさたくま)してきた彼女は、27歳となった今でも、トップスイマーとして世界と対等に戦っています。
 200mバタフライを主戦場とする彼女は、2000年シドニー五輪で7位入賞した後、01年世界水泳福岡で4位となり、03年世界水泳バルセロナでは国際大会で自身初の銅メダルを獲得。その勢いで、04年アテネ五輪でも銅メダルを獲得しました。
 アテネ五輪後は引退がささやかれていましたが、「まだ記録を伸ばす自信はある!」と断言し、現役続行を決意。05年世界水泳モントリオールでは、またも銅メダルを獲得し、世界大会で3年連続銅メダル獲得という勝負強さをアピールしました。その一方で、「ブロンズコレクター」と彼女自身が皮肉るように、「銅メダルは、もういらない」という強い気持ちで、さらにいい色のメダルを目指すようになっていくのです。

 その転機となったのが、05年世界水泳。銅メダルを獲得したレースの直後から、彼女の新たな挑戦が始まりました。
 世界水泳での銅メダルという成果を残したものの、不安が彼女を締め付けました。二人三脚で世界を目指してきた太田伸コーチはレース終了直後、冷静に分析し、クールダウンをする彼女に告げました。
「このままでは、世界から取り残される。絶対的なスピードが違いすぎる。大幅なフォーム改革が必要だ」
 優勝した選手のタイムは2分05秒61、2位は2分05秒65、そして中西選手は、2分09秒40で3位。上位2名と約4秒も開いたタイム差に、このままでは世界と戦うことが難しい、と判断したのです。05年モントリオールの地で、二人は大きな決断と覚悟を決めました。

フォーム改革を乗り越えての銀メダル

 二人が決めたのは、長年、体に染み付いているフォームを改善するという選択。フォーム改革は、ベテランになればなるほど勇気がいることです。実際に私も挑戦したことがありましたが、泳ぎがしっくりはまらず、調子を落とし、途中でリタイアした経験があります。大幅なフォーム改革は、忍耐強さと、チャレンジ精神、指導者との信頼感が十分でないと、改革することは難しい状況です。

 今までは、体を上下に動かし、体重移動を繰り返すことで、水の中をうねるように進んでいました。目指すのは、より水の抵抗が少ないフラットな泳ぎ。上下に動かしていた体の動きを、できる限り小さくし、水の抵抗を少なく、水面を跳ねるように進む、アメンボのような泳ぎを目指していました。抵抗が減ることで、体力が温存できる利点に加え、スピードアップというメリットも生まれてくるのです。
 世界トップ選手のほとんどが取り組んでいる抵抗の少ない泳ぎをするには、今まで以上の筋力が必要でした。上半身の筋力アップ、特に背筋力の強化は、必要不可欠でした。そのため、水中練習に加え、ウエートトレーニングの量や質を高め、コツコツと積み上げていったのです。今まで以上に、腕や背中、そして首が太くなっているのが、目に見えて分かりました。

 しかしフォーム完成までに、中西選手は、悩み、不安に陥り、何度も涙を流したと言います。このまま泳ぎが完成しなかったらどうしよう、泳ぎの感覚が悪いままだったらどうしよう、と自問自答の日々を過ごしてきました。しかし、苦しく厳しい時間を乗り越え、1年後の夏には、今までよりも抵抗の少ないフォーム、そしてスピードを手にすることができたのです。
 06年パンパシフィック選手権(カナダ・ビクトリア)では、自身の持つ日本記録を1秒47更新する、2分06秒52で銀メダル獲得。レース後、何度もガッツポーズをする中西選手の姿。その目には涙があふれ、やってきたことが間違いでなかったと証明した瞬間でした。

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著者プロフィール

2000年シドニー五輪200メートル背泳ぎ4位入賞。「ハギトモ」の愛称で親しまれ、現在でも4×100メートルフリーリレー、100メートル個人メドレー短水路の日本記録を保持しているオールラウンドスイマー。現在は、山梨学院カレッジスポーツセンター研究員を務めるかたわら、水泳解説や水泳指導のため、全国を駆け回る日々を続けている

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