中西悠子が北京で目指す最高の泳ぎ、最高の笑顔

萩原智子

ベテランになっても貫き通す攻めの姿勢

27歳になったベテランは、いまだ挑戦する「攻め」の姿勢を忘れない 【Photo:Atsushi Tomura/アフロスポーツ】

 しかし、07年の世界水泳メルボルンでは記録が伸びず、2分09秒43で6位に終わり、戸惑う中西選手の姿がありました。03年から続いていた世界大会連続メダルも途絶えてしまいました。翌年には北京五輪が迫っており、周囲が「中西は大丈夫だろうか?」と心配をしていたのも事実です。それまで彼女は、フォーム改革で不安な気持ちを抑えながら練習を積み、大幅な記録更新を成し遂げました。大きな壁を乗り越えた彼女は、ホッとしたのでしょう。その後、なかなかモチベーションが上がらない日々を過ごしていたのです。

 そんな彼女に、大きな刺激を与えてくれたのは、若手スイマーの存在です。今までは、中西選手の独壇場だった200mバタフライ。そこへ期待の新星たちが、次々と迫ってきたのです。
「若手選手から、大きな刺激を与えてもらっています。一緒に記録を伸ばしていきたいですね。まだまだ負けられないですけど(笑)」
 若手選手への気遣いと、日本競泳チームを成長させたいという気持ち。それは間違いなく、日本のバタフライを引っ張るエースの顔でした。

 8年前から本格的に世界の舞台へ飛び出した彼女は、先輩たちの背中を追いかけ、いつの間にか、追われる立場へと変わっていました。しかし現在の彼女には、追われる立場になったときに陥る「守り」という言葉は、当てはまりません。常に前を向き、新しいことに挑戦する「攻め」の姿勢を貫き通しているのです。これは、なかなかできることではありません。

北京の舞台でふたたび世界へ挑む

 人間は誰でも勝負をする際、「負けたくない」、「勝たなければ」と思い、自分自身にプレッシャーをかけてしまいます。私は現役時代、何度も何度も、その壁にぶつかりました。中西選手は、いつも自分との勝負をしているのです。それは、長い時間で培ってきた「経験」という財産から生まれた強い信念です。
 その真価が問われたのは、今年2月の競泳ジャパン・オープン(短水路)でした。大会前から、短水路世界記録が狙えるのではないかと大きな期待がかかっていました。そんなプレッシャーの中で見事、2分03秒12の短水路世界記録を樹立したのです。ただ樹立しただけではなく、狙って樹立できたことに意味があります。記録を意識すれば、緊張感とプレッシャーのはざまで揺れ動き、泳ぎが硬くなってしまうことがあります。しかしスタートから一直線。彼女はスマートな完成された泳ぎで、世界記録を打ち立てたのです。

 その勢いで、4月の北京五輪代表選考会では、2分06秒38で優勝し、2年ぶりに自己ベストを更新。さらに今季世界ランキング1位の記録を樹立するとともに、伸び盛りの若手選手を圧倒し、代表権を獲得しました。しかし浮かれた気持ちはありません。日本記録で優勝した直後の彼女の口から出たのは、「2分05秒が出ると思っていたので、残念。悔しい」の言葉でした。
 彼女をどん欲な気持ちにさせているのは、ジェジカ・シッパー(オーストラリア)、オティリア・イエドルジェイチャク(ポーランド)という2人の存在。彼女たちは、2分05秒台の記録を保持しており(世界記録は、シッパーの2分05秒40)、北京五輪の舞台では、最大のライバルとなります。一度は、離された世界との差を埋め、再び中西選手は、勝負を挑みます。

 北京五輪では、前半から高速レースが予想されます。中西選手は、完成されたフォームで、スピードも十分つき、最大の武器である強烈なラストスパートも健在。150mの時点で、トップ選手と並んでターンできれば、勝機はあります。
 彼女は北京五輪で、どんな泳ぎを見せてくれるのか。3回目の五輪で、またひとつ五輪の難しさ、苦しさ、楽しさ、喜びを見つけるに違いありません。彼女の目指す「最高の泳ぎ、最高の笑顔」が見られることを、楽しみに待ちたいと思います。

<了>

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著者プロフィール

2000年シドニー五輪200メートル背泳ぎ4位入賞。「ハギトモ」の愛称で親しまれ、現在でも4×100メートルフリーリレー、100メートル個人メドレー短水路の日本記録を保持しているオールラウンドスイマー。現在は、山梨学院カレッジスポーツセンター研究員を務めるかたわら、水泳解説や水泳指導のため、全国を駆け回る日々を続けている

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