五輪スタジアムが引き起こす悲喜こもごも
「ニャオチャオ(鳥の巣)」との愛称で呼ばれる北京五輪の主要スタジアム、国家体育場の工事も今はさすがに一休み。だが、休み明けからは、また突貫工事が再開される。当初は去年末の完成予定だったが、徐々にずれ込んで、結局、今年4月以降までの完成となり、工期の遅れが心配されている。そんな工事現場を先日、訪れた。
“高待遇にホクホク”の作業員
笑顔でそう答えるのは、工事現場で働く程さん。河南省から出稼ぎにやってきて、溶接工を務める。小学校を出た後、職人となってこの道40年のベテラン工だ。実は彼の月給は5000元(約7万5000円)。これは中国の建設労働者としては破格の給与。一般に中国の建設労働者は『工人(ゴンレン)』などと言われ、低賃金の代名詞とされる。程さんのように技術を持った職人でも、月1千数百元(1万5000円あまり)というところも多い。また大学院卒のホワイトカラー(事務系労働者)の平均給与は3700元だから、その額よりも高いことになる。程さんは、その他の待遇も教えてくれた。一日8時間半労働が基本で、残業代も出る。食事は一食5元(約75円)で、住まいには洗濯機なども完備されており、「実家よりも条件はいい(程さん)」そうだ。
ちなみに特定の技術を持たない単純工についても、ある作業員に聞くと月収は2400元(約3万6000円)。さらに残業代も一時間9元ついて、住居つきだそうだ。一般の工事現場だと月給が数百元というところもあるから、これもまた破格の待遇である。
「工期中に事故があり、死者も出た」などという報道もあり、安全面での心配もあるが、少なくとも待遇面では、北京市内のどの工事よりも優遇された“国家級”の現場というわけだ。
“立ち退き”に遭う周辺住民
ただ一方で、とんでもない迷惑をこうむった住民もいる。近くの高級マンションに住んでいた日系企業役員の佐々木さんがその一人だ。佐々木さんは、3年前から、ここに住み始めた。家賃は7000元(10万円)で、1年ごとの契約。住み始めてしばらくして、国家体育場の工事が本格化したが、北京市内では比較的空気が良く、辺りの環境がすっかり気に入っていた佐々木さんは、それほど気にしていなかった。そして先月、再契約をもちかけた時、突然、大家から「家賃を2倍にする」との通告を受けた。さらに、今後は『1カ月ごとの更新』とし、その度に金額を見直すという。これはたまらないと、佐々木さんはやむなく家を解約し、別の場所へ引っ越した。
実は現在、国家体育場周辺は、地価が急上昇を続けている。そのため、家賃もうなぎ上りで、ひと月後には相場が変わっているというのは珍しくない。そのために、先ほどの『1カ月ごと更新』という要求が出てくるわけだ。不動産賃貸大手の「我愛我家」によると、従来はひと月1000元〜2000元(1万5000円〜2万円ほど)ほどだった中程度の住宅も3000元以上になっている。ある欧米のテレビ局は、近くのマンションを50万元(750万円)で、半年間借り上げたという。日本を含めた世界のメディアが五輪期間中の本拠地確保のために、すでに動き始めていることも価格高騰に拍車をかけているのかもしれない。
ホクホク顔の家主の一方で、引越しを余儀なくされる住民もいる。国家の威信をかけた工事で、普段では得られない待遇を手にする工事作業員もいる。世紀の大イベントを前に、主要スタジアムの周りでは“悲喜こもごも”というわけだ。
<了>
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