対照的だったメルボルン決戦2日前の風景 余裕のオーストラリアとけが人続出の日本

宇都宮徹壱

全面公開されたオーストラリアのトレーニング

2日前の練習を終えての集合写真。この並びから、現在のオーストラリア代表の序列が見えてくる 【宇都宮徹壱】

 赤道を越えて、オーストラリア第2の都市にしてビクトリア州の州都・メルボルンにやって来た。11日の火曜日、当地でワールドカップ(W杯)アジア最終予選、オーストラリア対日本が開催される。メルボルンといえば、昨年オーストラリアで開催されたアジアカップでは、開幕戦を含む8試合が行われ、私自身もたびたび訪れた思い出の地である。あの時は1月で南半球のオーストラリアはまさに真夏。しかし10月のこの時期は、ようやく春を迎えたばかりで、日が暮れると気温は10度くらいに下がる。季節が異なると、1年前に訪れた都市でも、随分と様変わりして見えるから不思議だ。

 運命の日豪戦2日前、メルボルン市内のレイクサイドスタジアムで、両チームのトレーニングセッションが行われることがアナウンスされた。オーストラリア代表が15時から、そして日本代表が17時30分から。ただし、日本が冒頭15分のみの公開であるのに対し、オーストラリアは練習を全公開する上に、ファンサービスも行われるらしい。2日後の対戦相手の現状をリサーチする絶好のチャンスと考えて、15時前に会場を訪れることにした。

 オーストラリア代表の練習は、予定されていた時間よりも15分ほど遅れてスタートした。選手が登場すると、詰めかけた地元ファン(ほとんどが家族連れ)が歓声を上げながら支給された黄色いフラッグを振る。トレーニングは体幹トレーニングから始まって、ランニング、パス交換からのシュート練習、そしてGKを交えた鳥カゴという、およそ1時間の軽めの練習だった。興味深かったのは、GKのみの練習はほんの形ばかりで、むしろフィールドプレーヤーと一緒にボールを蹴る時間のほうが多かったことだ。練習時間そのものが短かったせいもあるだろうが、GKからのビルドアップとパスサッカーを重視する、現在のオーストラリア代表のスタイルをあらためて確認することができた。

 練習後、記念撮影が行われる。前列はアンジ・ポステコグルー監督を中心に、向かって右に唯一の国内組のティム・ケーヒル、左にキャプテンのミル・ジェディナクが座る。ジェディナクの側には、かつてジェフ千葉でプレーしたマーク・ミリガン、そして10番のロビー・クルーズ。ケーヒルの側には、最近売り出し中のFWマシュー・レッキーとMFのトム・ロギッチ、そしてプレーメーカーのアーロン・ムーイといった顔ぶれが並ぶ。前列の7選手と2列目中央の守護神マシュー・ライアンが、このチームの中心だ。ただし、ケーヒルは途中出場の可能性が高い。

オーストラリアの余裕は何に起因するのか?

オーストラリア代表はファンサービスも熱心。カリスマ的な人気を誇るケーヒルも例外ではない 【宇都宮徹壱】

 記念撮影が終われば、あとはファンサービスの時間だ。オーストラリア代表の選手たちは、ゴルフボールほどの小さなサッカーボールにサインを書き、ひとつひとつを楽しそうに投げ入れている。ボールが放られるたびに、観客の間から歓声が起こる。まるで餅まきでも見ているようだ。さらに、選手たちはファンの近くに歩み寄り、サインや記念撮影に気軽に応じていた。ケーヒル、イェディナク、クルーズといったスター選手たちも、まったく偉ぶることなく、ひとりひとり丁寧にファンサービスに応じている。日本ではまず考えられない光景は、およそ20分近く続いた。

 それにしても、オーストラリア代表の選手たちを間近で見ることができたという意味で、いろいろと収穫の多い取材だった。何より印象的だったのが、日本との大一番を2日後に控えているとは思えないくらい、選手たちの表情に気負いやプレッシャーがまったく感じられなかったことだ。彼らのこの余裕は、いったい何に起因するのだろうか。最終予選3試合を2勝1分けのグループ首位で走っているためか。対戦相手の日本の状況を見て「恐るるに足らず」と感じているのか。あるいは、メルボルンでの戦いに自信があるのか(当地での日豪戦は過去4回行われており、いずれもオーストラリアが勝利している)。

 17時30分から始まった日本代表の練習は、強風のためいったん室内に戻って17分間のミーティングが行われ、その後ピッチ上でランニングとアップを終えたところで非公開となった。前日(8日)、左足首のねんざで別メニューだった岡崎慎司は、この日は姿を見せず。2日後の出場は非常に厳しくなった。すでに酒井宏樹が累積警告で、そして長友佑都がイラク戦翌日の練習で負傷したため、いずれもチームから離脱している。ただでさえ、サイドバックの人材が不足しているところに、今度はワントップの主軸までもが失われるとなっては、日本がオーストラリアに勝機を見いだすのは非常に難しいと言わざるを得ない。

 日本のトレーニングが終了し、ミックスゾーン取材の時間となった時、強い雨が振り始めた。「一日の中に四季がある」と言われるメルボルンは、昼夜の寒暖差が激しいだけではなく、この日のように強風や豪雨に見舞われたりもする。日本が警戒すべきは、決して目前の相手だけではないということだ。

 明るい材料に乏しい中、守護神の西川周作は「攻められる時間は長くなる」としながらも、「ただ引くんじゃなくて、ゴールを奪うためにしっかりとブロックを作って守る。そこからショートカウンターでトライしていく必要がある」と語っていた。厳しい戦いとなるのは間違いない。勝ち点1を確保するのさえ、至難の業なのかもしれない。果たして日本は、どのような布陣と戦術で活路を見いだすのだろうか。かつてない逆境の中、日本の底力が試される。
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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