主役になれなかった今シーズンの本田圭佑 献身性は評価されるも攻撃で違いを出せず

片野道郎

攻撃の最終局面での貢献はできず

今シーズンの本田はチームに攻守のバランスを保証する「脇役」としての仕事を献身的にこなしたが…… 【写真:Enrico Calderoni/アフロスポーツ】

 セリエA30試合(うちスタメン23試合)に出場、全試合時間の約50%にあたる2019分プレーして、1得点3アシスト、イエローカード2枚。そしてコッパ・イタリアでは決勝までの7試合すべて(うちスタメン6試合)に出場して617分プレーし、1得点4アシスト。これが、ミランで3年目を迎えた本田圭佑が2015−16シーズンに残した記録だ。

 シニシャ・ミハイロビッチ新監督の下、当初導入された4−3−1−2システムのトップ下として開幕を迎えたものの、期待に応えるパフォーマンスを見せられないまま5試合でスタメンから外れ、その後12月初めまでの3カ月弱はベンチか途中出場かという困難な時期を送った。しかし、12月20日(現地時間、以下同)のフロジノーネ戦(4−2)でスタメンに復帰、年明け以降は指揮官の信頼を得て4−4−2の右ウイングとしてレギュラー定着を果たすことになる。

 そこまでの詳しい経緯については、1月31日のミラノダービー(3−0)直後に書いたこのコラムの通り。
 それからシーズン終盤までの2カ月あまりも、ミランにおける本田の位置づけ、ポジションとタスク、そしてピッチ上でのパフォーマンスに大きな変化はなかった。つまるところ、4−4−2の右サイドハーフとして攻守両局面でハードワークし、チームに攻守のバランスを保証する「脇役」「一兵卒」としての仕事を献身的にこなしたが、そこに攻撃の最終局面でも貢献するというプラスアルファをもたらす「主役」となるまでには至らなかった、ということだ。

 4月半ばには、シルビオ・ベルルスコーニ会長が戦術をめぐる意見の相違からミハイロビッチ監督を解任。下部組織のミラン・プリマベーラ(U−19)の監督だったクリスティアン・ブロッキを後任に引き上げるという「アクシデント」があり、それに伴って一時的にスタメン落ちを経験したものの、シーズン最後の4試合は4−3−1−2のトップ下としてスタメン復帰を果たした。シーズン最終戦となった5月21日のユベントスとのコッパ・イタリア決勝(延長戦の末0−1で敗北)でも120分間フル出場し、シーズンを締めくくった。

献身性やプロフェッショナリズムは評価されるも……

日本代表では絶対的な主役として攻撃の中核を担う本田だが、ヨーロッパの舞台ではそうはいかない 【Getty Images】

 背番号10を背負い攻撃的なポジションでプレーしている以上、主役として攻撃の最終局面で違いを作り出すプレーが求められる立場にあるわけで、その観点からリーグ戦とカップ戦を合わせて2得点7アシストという記録を見れば、先日の帰国時に本人が発した「ひどかったですね。何も結果を残せていない」というコメント通り、期待外れのシーズンだったと総括するしかない。

 しかし、混迷の中でシーズンを送ったミランにおいて、トータルではカルロス・バッカ、アレッシオ・ロマニョーリ、ジャコモ・ボナベントゥーラに次ぐチーム4番目となる37試合に出場。本来の持ち味とは異なる仕事を求められながら、それにきっちり応えて監督の評価をつかみ、コンスタントにチームに貢献したという事実はポジティブな側面として押さえておくべきだろう。

 本田の今シーズンを見て思い出したのは、かつてパルマでプレーしていた中田英寿が02−03シーズン、チェーザレ・プランデッリ監督の下で過ごした難しい1年のことだった。くしくもポジションは同じ4−4−2の右サイドハーフ。本来はトップ下(あるいは中盤センター)でその戦術眼とパスセンス、ダイナミズムを生かし攻撃的に振る舞うことで持ち味を発揮するMFだった中田だが、パルマでは今シーズンの本田と同様、チーム全体のバランスの中で攻撃に絡むよりも守備に奔走する時間の方がずっと長い役回りを強いられた。攻撃は、主に左サイドを主戦場とする2人の若いアタッカー、アドリアーノとアドリアン・ムトゥがその個人能力だけで何とかしてしまうため、右サイドの中田は攻撃に絡む頻度が低く、前線に走り込んでも囮として相手のマークを引きつけるだけで終わる場面が目立ったものだった。

 プランデッリ監督、そしてマスコミはその自己犠牲をいとわない献身的なプレーぶりを高く評価したが、本人にとってこれは大きなストレスをもたらす状況だったようだ。シーズンも終盤にさしかかった3月、監督に「控えになったとしてもサイドではなく中盤でプレーしたい」と直訴する出来事があった。しかし最終的には監督の説得を受け、ひとりのプロフェッショナルとして右サイドでの仕事をシーズン閉幕まで全うすることになった。

 この時の中田も、そして今シーズンの本田も、本来の持ち味を存分に発揮して主役を演じる状況を手に入れることができず、しかし常にチームのためにプレーする献身性と自己犠牲、そして与えられた仕事を100%の力で最後まで全うするプロフェッショナル精神を認められ評価されて、ハードワークを通してチームを下支えしバランスをもたらす脇役に徹したという点では共通している。日本代表では絶対的な主役として攻撃の中核を担い、ひとつの時代のシンボルともいえる彼らのようなプレーヤーですら、ヨーロッパの舞台に立てばそこまでの競争力は持つことができない。むしろ献身性やプロフェッショナリズムという別のクオリティーが評価と信頼の対象になるというのは、受け入れるべきひとつの現実だ。

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著者プロフィール

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。2017年末の『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)に続き、この6月に新刊『モダンサッカーの教科書』(レナート・バルディとの共著/ソル・メディア)が発売。

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