主役になれなかった今シーズンの本田圭佑 献身性は評価されるも攻撃で違いを出せず

片野道郎

「勝つことだけに左右され内容など見ていない」

ベルルスコーニ会長がミハイロビッチ監督を解任するアクシデントもあったミラン。今シーズンは末期とも言える状態に 【Getty Images】

 そんなシーズンではあったが、ひとりのフットボーラーとしてではなく、クラブオーナーとしての本田圭佑にとっては、今シーズンのミランでの経験は間違いなく、きわめて貴重かつ有意義なものだったに違いない。つい数年前まではイタリア、そしてヨーロッパの頂点を争っていたメガクラブが、内部に山のような問題をかかえて機能不全に陥り、末期症状を迎える姿を内部からつぶさに見ることができたのだから。

 これは決して皮肉ではなく、この1月にイタリアのマスコミから受けたインタビューで「いつかマスコミやサポーターは僕について、ミラン史上最高の10番じゃなかったかもしれないけれど、クラブオーナーとしてどこまでたどり着いたか見てごらんよ、と言うだろう」と語っていた本田にとって、クラブの経営者は何をしてはならないのかを反面教師として学ぶ上で、これ以上の経験はそうそうできるものではなかったはずだ。

 今シーズンの本田にとって、マスコミ的には最も大きなトピックのひとつだった昨年10月の「クラブ批判事件」は、まさにその点をついたものだった。報道では「どうして試合に出られないのか分からない。(チームが)こういう試合をしていて、出るチャンスがない方がおかしい」というコメントばかりに焦点が当たったが、ことの本質はむしろミランというクラブのあり方、さらにはイタリアサッカーの環境全体が構造的に抱える問題点を的確に指摘したところにこそあった。

「マンチェスター・シティかPSG(パリ・サンジェルマン)くらいのお金を使うか、そうでなければストラクチャー(構造)の部分からクラブを見直していかないといけない」

「この3年間、ミランはいろいろな選手を試してきて、今回も100億円くらい使って、また(選手を)試している。にもかかわらず、選手が生き生きとプレーできていないのは構造的なもの、評価基準に問題があるから」

「経営陣もファンも勝つことだけに左右されていて内容など見ていない」

 こうした厳しい“ダメ出し”のコメントは、いずれもまったくの正論であり、ミランというクラブが直面している深刻な危機の根本を正確に射貫いている。どれだけ目先の選手を入れ替え、戦術をいじり、監督の首をすげ替え続けても、クラブとしての「ストラクチャー」を見直さない限り、危機を脱することはできない、というのがその主張だ。

 本田は、その「ストラクチャー」の本質は「評価基準」にあると断言している。目先の勝ち負けに振り回されて、行き当たりばったりの手当てを続けていてもらちが明かない。そんなことではブレない明確な理念、価値観、評価基準を確立し、それにのっとって一貫した戦略をとり続けない限り、クラブを根本から立て直すことは不可能――ということだ。

来シーズンに向けたチームの構想は不透明

ミランとの残された契約は1年。本田はこの夏、どんな決断を下すのだろうか? 【Getty Images】

 出場機会がなかった試合後のミックスゾーンで、日本のマスコミに上記のコメントを語った本田は最後に、「イタリアのメディアにこの話を伝えて下さい。またさんざん僕のことをたたくんでしょうけれど」と言い残した。そしてその数日後、一時帰国した日本で「あれは目的から逆算して起こした行動」とも加えている。その狙いが、自らが矢面に立って議論を巻き起こすことで、ミランがクラブとしての戦略を見直すきっかけを作るところにあったという見方は、それほど的外れではないだろう。

 しかし、一選手が巻き起こした小さな波紋がクラブそのもののあり方を根本から揺るがすような変化のきっかけになるというのは、現実にはきわめて低い確率でしか起こり得ないことだ。実際、ベルルスコーニ会長はシーズンも押し迫った4月になって、「私はこんなにひどいサッカーをするミランを見たことはない」と言い放ってミハイロビッチ監督を解任し、下部組織から引き上げて後任に据えたブロッキに自分が好むシステムと戦術(4−3−1−2のポゼッションサッカー)を押し付けるという愚挙に出た。

 結果はもちろん芳しいものではなく、ブロッキが指揮した6試合は2勝2分け2敗。順位も来季のUEFAヨーロッパリーグ出場権が確保されていた6位から、圏外の7位へと転落してシーズンを終えることになった。本田は監督交代後の2試合はベンチで過ごしたものの、最後の4試合はトップ下としてスタメンでピッチに立った。とはいえ、特に際立った活躍を見せることなく、可もなく不可もなしというプレーに終始している。

 ミランとの契約は17年6月まで。クラブ側からすれば、契約が残り1年となる今夏は、今後も戦力として計算することを前提に契約を延長するか、契約が残っているうちに売却して利益を上げるかを選ぶべき重要なタイミングだ。しかしミランは現在、30年前からのオーナーであるベルルスコーニが、中国資本に経営権を売却する方向で交渉を進めている状況であり、そもそも来シーズンに向けたチームの構想自体が不透明だ。

 本田サイドからは契約延長について話し合っているというコメントも出ているが、クラブの内情を嫌というほど見て来た本田自身からすれば、契約を延長してまで留まるべき場所かどうか、真剣に考えるべき状況に見えているはずだ。つまり、本田の側からミランに、あるいはイタリアに見切りをつけたとしても全くおかしくはないということ。最終的な結論は、他にどんな選択肢を手にしているかにもよるし、それ以上に来シーズン以降ミランの体制が、そして経営戦略がどんなものになるのかにもよるだろう。いずれにしても本田にとっては慌ただしい夏になりそうだ。

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著者プロフィール

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。2017年末の『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)に続き、この6月に新刊『モダンサッカーの教科書』(レナート・バルディとの共著/ソル・メディア)が発売。

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