村田諒太「情けない気持ちでいっぱいです…」判定勝利も悔しい想いを残した米国デビュー戦
3−0の大差判定勝利も見せ場を作れず…
米国デビュー戦を白星で飾った村田諒太だったが「情けない気持ちでいっぱいです…」と反省の弁 【写真:Getty Images】
現地時間11月7日に米国ラスベガスのトーマス&マックセンターで行われたガナー・ジャクソン(ニュージーランド)戦後――。アメリカ・デビュー戦となったノンタイトル10回戦を終え、村田諒太は控え室でうなだれた。3−0の判定で勝利自体は問題なかったが、ロンドン五輪のミドル級金メダリストはまるで敗者のように振る舞った。
「少ない観客でしたけど、(湧く場面が少なかった)その声がすべて。これで金メダリストだなんて言っていたら本当に他の選手に失礼だなと思います」
試合直後のボクサーは極端な音葉を漏らしがち。ただ、この日に関しては、本人の言葉通り、村田のパフォーマンスは確かに印象的とは言えなかった。
やや硬さの目立つスタートながら、第2、3ラウンドには左ボディブローで相手を後退させる。第7ラウンドの終了間際にも、ベルトラインに強烈な右ボディをヒット。しかし、それらのチャンスでも追い打ちはかけられず、ファンを喜ばせるハイライトシーンを作るには至らなかった。
「(守備の固い相手への)対策は今回正直すごくしていました。頭下げてきたときにボディ狙うとか、ガードして下向いたときに側頭部狙うとか、考えていたんですけど。頭下げるだけでなく、さらに深く僕の方に体寄せてきたりとかで、そのあたりの動きが巧みだったかなと思いますね」
専守防衛の崩すのは容易なことではないが、村田本人が認めた通り、過去KO負けゼロというジャクソンの打たれ強さとやり難さは戦前から喧伝されていたことである。常に内容、勝ち方が問われるのが米国リング。その場所において、タフではあっても攻撃力に乏しく、リスクの少ない選手相手に見せ場を作れなかったのは痛い。興行終了後に顔見知りの地元記者に意見を聴いても、村田への評価はやはり芳しいものではなかった。
勝手の違うアメリカのリングで得たもの
アジア人離れしたフィジカルの強さは誇示したものの見せ場を作ることはできず… 【写真:Getty Images】
「ジャブ、左ボディだけでなく、いろいろなことをやろうとしている。左フックも出るようになったが、まだ試合で練習の成果を出すレベルには到達していないということ。これで修正点は見つかるし、良い勉強になった」
帝拳ジムの本田明彦会長の見方は、村田本人よりもはるかに好意的だった。
この試合でもジャブは悪くなく、本人もそれは認めていた。個人的な願いを言えば、ミドル級としては体格に恵まれているのだから、やはりこの左に可能な限り磨きをかけて欲しいと感じる。パワージャブがあれば、得意の右も生きる。天性の馬力を考えれば、“刺し針”というレベルではなく、“ジャブというよりストレート”と呼び得る武器にまで発展させられるのではないか。
ただ、向上心を感じさせる村田が、スケールの大きなボクシングを目指して様々なことにトライしているというのは理解出来る。本田会長いわく、「現時点ではまだ中途半端」。やりたいことの中から取捨選択を図り、ボクサーとしてのアイデンティティを確立させるのが近未来の課題になるのだろう。
“勝負の一戦”へ始まったカウンドダウン
「現在はゲンナディ・ゴロフキンが多くのベルトを抱えているが、彼は上の階級に上がるかもしれない。来月に行われるWBC世界ミドル級タイトル戦でミゲール・コット、サウル・アルバレスのどちらが勝とうと、いずれベルトを諦める(=タイトルを返上する)だろう。この業界では様々なことが動いていくもの。村田は(IBF世界ミドル級王者)アンディ・リーのような相手との準備が整うのにあと1年はかかる。来年の終わりがメドになるだろう」
試合前日、ボブ・アラム氏に村田の将来的なプランを聴くと、そんな言葉が返ってきた。ボクシング全体のレベルアップが必要な現時点での村田を、ゴロフキン、コット、アルバレスらと同じ会話内に含めるのは少々はばかられる。しかし、アラム氏の言葉はリップサービスであるとともに、希望でもあったに違いない。
何のタイトルもかかっていない今回の10回戦に、8人もの日本人記者と、多くのテレビクルーが集まった。商品価値次第のアメリカボクシング界で、村田の話題性は米屈指のプロモーターにとっても魅力のはず。世界タイトル戦になるかはともかく、日米両方のプロモーターの一存次第で、実際に2016年の終わりぐらいまでには“勝負の一戦”が用意される可能性は高いのではないか。
プロボクサーとしての試行錯誤を続ける村田は、それまでに大舞台に立つ準備を整えられるか。悔しい想いを残したベガスデビュー戦を糧に、ドラマチックなスピードで急成長できるか。
「良い経験だったと言えばそれまでですけど、いつまでも良い経験だったと言ってられる立場ではない」
本人も自覚している通り、日本が生んだ元金メダリストのプロボクサー生活は時間との戦いでもある。そして、カウンドダウンは始まった。
遠からず訪れる“審判の日”に向けて、これからの1年間が極めて大切な時間になることは間違いない。
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