“ポスト錦織”はいかに育てるべきか 米国では大学進学も有効な一手に

坂井利彰

錦織圭に続く選手を育てるために日本テニス界がすべきこととは!? 【Getty Images】

 今年のグランドスラムの最後を飾る全米オープンは、ウィンブルドンと同じくノバック・ジョコビッチ(セルビア)とロジャー・フェデラー(スイス)が決勝に勝ち上がり、ジョコビッチが優勝、グランドスラム通算10勝目を飾った。錦織圭(日清食品)の1回戦敗退という波乱があったものの、ビッグ4の一角が優勝を争う“無風状態”が続く。

 この数年、世代交代や変化を求める声が絶えないテニス界だが、元プロテニス選手で現在、日本プロテニス協会常務理事、慶應義塾大庭球部総監督を務める坂井利彰氏は「テニスのプレーの多様化、選手自体の多様化が進んでいる」という。選手育成についても独自の理論を持ち、現役の指導者でもある坂井氏は、錦織の活躍でテニスが脚光を浴びている今だからこそ、世界の変化に目を向けるべきだと主張する。“ポスト・ビッグ4”時代の世界のテニス、“錦織以降”をにらんだ日本テニス界の可能性、取り組むべき課題について坂井氏が語った。

全米オープンで見られた変化

 錦織選手の1回戦敗退は、昨年は準優勝だったこと、コートサーフェス(ハードコート)との相性が良いこと、準ホームである米国での大会ということもあって、私も正直驚きました。しかし、対戦相手のブノワ・ペール(フランス)のプレーが素晴らしく、錦織選手の得意な展開に持ち込ませないように先手攻撃を仕掛けた戦略は見事でした。2回戦以降も好調を維持し、ベスト16に進んだことからも、錦織選手に勝った自信は相当なものがありましたし、錦織選手がそれだけの選手と世界に認められている証でもありました。

 日本の西岡良仁選手(ヨネックス)が1回戦を突破したことは明るい話題です。身長171センチの西岡選手の活躍は、あとに続く日本人選手にとって大きな希望の光となるでしょう。

 決勝戦はウィンブルドンに続き、ジョコビッチ対フェデラー。ここ10年に渡ってお馴染みの光景となりましたが、34歳になったフェデラーはリターンの新戦法「SABR」(相手のサービス時に、一気に前に詰めてリターンをし、ネットプレーにつなげる作戦)を引っ提げて、自らのテニスをリニューアル。ジョコビッチも鉄壁の守備に加えて、ベースラインの前に出て攻めていく攻撃性の高いテニスを展開しました。

 結局、ビッグ4の中でも抜群の実績を誇る二人のプレーが一番進化しているわけで、この二人の怪物じみた強さ、今なお成長を続ける規格外のプレーが際立つ大会となりました。

 そうは言っても、世界のテニス界には確実に変化が訪れています。昨年の全米で錦織選手がジョコビッチを破った試合に象徴されるような、ベースラインの前に入って相手との間合いを詰める新しいテニスへの適応が遅れたラファエル・ナダル(スペイン)は、今大会も3回戦敗退と精彩を欠きました。フェデラーの次に絶対王者の座を築くかに思われたナダルですが、このままフェデラーより早くキャリアのピークに終わりを迎えるかもしれません。

米国の大学出身選手に注目

 私の着目するもうひとつの変化は、選手の成長過程の多様化です。今回ベスト8に残ったケビン・アンダーソン(南アフリカ)という選手がいます。身長203センチ、体重89キロの立派な体を駆使したビッグサーバーで、今大会では、4回戦でアンディ・マレー(英国)を3−1で下す快進撃。アンダーソンは南アフリカ・ヨハネスブルグの出身ですが、米国のイリノイ大に留学し、そこで力をつけた選手です。

全米オープンでマレーを下したアンダーソンは、米国のイリノイ大で力をつけた選手 【写真:ロイター/アフロ】

また、今大会ではフェデラーの「SABR」の前に屈しましたが、4回戦で7(7)−6(0)、7(8)−6(6)、7−5と内容では接戦を演じたジョン・イスナー(米国)も、ジョージア大の出身。米国のトップ50ランカーでは、スティーブ・ジョンソンも南カリフォルニア大出身と、米国の大学を経由してプロで活躍する選手が増えているのです。

 ジョン・マッケンロー、ジミー・コナーズ、アンドレ・アガシ、ピート・サンプラス、ジム・クーリエなどの王者を生み出してきた米国ですが、2000年代に入ってからは、こうした人材が出てきていません。米国の誇るIMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーの現在の出世頭が錦織選手であることからも、米国の苦境は明らかで、かつてのテニス王国・米国の選手育成も大きな転換期を迎えているのです。

 現在イズナーらの台頭でようやく“空白の時間”を埋めようとしている米国ですが、この空白をつくった一因にジュニアからプロ転向を急ぐケースが頻発し、将来を嘱望されていたブレンダン・エバンズ、スコット・オウデスマ、スコビル・ジェンキンスといった選手たちがそろって4年以内に引退したという苦い記憶があります。その反動からか、大学テニスの重要性が見直され、もともと競争力も資金力もあったNCAA(全米大学体育協会)がプロテニス選手の育成の場として活用されるようになったのです。日本ではあまり知られていませんが、米国ではカリフォルニア大学ロサンゼルス校、ケンタッキー大学、イリノイ大学などの強豪校がプロツアーの大会会場として使用されており、学生たちも果敢にチャンレジをしています。

 大学在学期間に当たる18歳〜22歳の間は、とにかく高いレベルの相手と試合や練習をすることが重要な期間です。ジュニアからシニアに明確に切り替わるこの時期のレベルが高い相手とは、つまりツアーに参戦しているプロ選手のことですから、大学にいながらにしてプロの環境が身近にある、当たり前になるということが何よりも大切です。

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著者プロフィール

慶應義塾大学専任講師。1974年生まれ、慶應義塾大学法学部卒業、慶應義塾大学大学院政策メディア研究科後期博士課程修了。高校時代はU18日本代表、高校日本代表に選出。大学時代は全日本学生シングルス優勝、ユニバーシアード日本代表、ナショナルチームメンバーに選出。プロ転向後は世界ツアーを転戦し、全豪オープンシングルス出場。世界ランキング最高468位、日本ランキング最高7位(ともにシングルス)。引退後は慶應義塾大学庭球部監督に就任。ATP(世界男子プロテニス協会)公認プロフェッショナルコース修了、ATP公認プロフェッショナルコーチ、日本テニス協会公認S級エリートコーチ、日本プロテニス協会理事を務める

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