ハリルホジッチへの逆風の予感 日々是東亜杯2015(8月2日@武漢)

宇都宮徹壱

武漢に来て難儀していること

会場近くで応援グッズを売る女性。小さなラッパは今大会の必須アイテムだ 【宇都宮徹壱】

 大会2日目。前日の女子の2試合(北朝鮮対日本、中国対韓国)に続いて、この日からは男子の2試合がここ武漢で行われる(カードは同じ)。「中国3大ボイラー」と言われるここ武漢だが、最高気温は36度、平均湿度は69%。日差しが強いため、体感気温はもう少し高めに感じられるものの、同時期の東京の気温も同じくらいだろう。好んで炎天下に出歩くことをしなければ、それほど難儀を感じることはない。当地に来て困ったことは何かといえば、まず中国語以外がほとんど通じないこと(ホテルのスタッフもしかり)。そして、ネット環境が非常によろしくないことである。

 ワイファイそのものは、ホテルでもスタジアムのメディアセンターでも良好につながる。問題は、日本でよく利用していたサイトにまったくアクセスできないことだ。フェイスブックやツイッターといったSNSが使えなくなることは、かつての中国取材で経験していたことである。だが、いつの間にかグーグルにもアクセスできなくなっていたことには、大いに当惑した。検索もメールもスケジュール表もマップもまったく使えない。仕事のかなりの部分でグーグルに依存していた私としては、非常に難儀している次第だ(ちなみにヤフーに関しては、検索もマップも問題なく使用できる)。

 世界中の情報を共有化できるインターネットを制限しているのは、何も中国政府に限った話ではない。例えば中東諸国が、宗教的な観点からアダルトコンテンツに類するものを一切遮断しているのは有名な話だ。中国の場合はひたすら政治的な理由によるもので、最も神経を尖らせているのは政府の無謬性(むびゅうせい)を脅かすような情報、そして批判的な言論や世論が拡散していくことである。もちろん「そういう国」であることは知っていたが、実際に訪れてみると、あらためて社会主義の国に来ていることを強く実感する。

 そんな中、かつては日中間で大きな懸念材料となっていた反日ムードを、当地ではまったく感じることがないのはポジティブな材料だ。前日の女子の試合も、スタジアム全体は北朝鮮寄りだったものの、なでしこが必要以上のブーイングにさらされることはなかった。ACL(AFCチャンピオンズリーグ)の試合が頻繁に行われるようになったこともあり、この国のサッカー観戦文化も少しずつ洗練されたものに変わってきている。単なる「憂さ晴らし」でしかなかった、11年前のアジアカップでのブーイングを現場で体感した者としては、何やら隔世の感を覚えずにはいられない。

武藤の代表初ゴールで楽観ムードとなったが

初代表スタメン出場で歴代最速ゴールを決めた武藤(左) 【写真:アフロスポーツ】

 ヴァイッド・ハリルホジッチ体制となって5試合目。初めての海外での試合となった北朝鮮戦のスターティングメンバーは、以下の布陣となった。GK西川周作。DFは右から遠藤航、森重真人、槙野智章、藤春廣輝。中盤は守備的な位置に谷口彰悟と山口蛍、右に永井謙佑、左に宇佐美貴史、そしてトップ下に武藤雄樹。そしてワントップは川又堅碁である。太田宏介、そして柴崎岳が負傷明けということもあり、武藤と遠藤が初キャップを刻み、なおかつ所属クラブとは異なるポジションでの起用となった。

 この武藤と遠藤が、いきなり躍動する。前半3分、谷口からのパスを受けた遠藤が「ボールを持って顔を上げたときに武藤が見えたので」右サイドからアーリークロスを供給。走りこんできた武藤が、ダイレクトで合わせてネットを揺らす。初代表のコンビが、開始わずか3分でアシストとゴールを決めたのは、かなり稀有なことである(その後のJFA広報の発表によれば、武藤のゴールは初代表スタメン出場では最速とのこと)。幸先良い試合の入りができたことで、この時ばかりは記者席にも楽観ムードがあふれていた。

 その後も日本のチャンスは続く。13分には武藤、24分には川又が、いずれも決定的な場面からシュートを放つが追加点はならず。そうこうするうちに、30分を過ぎてから北朝鮮も次第に盛り返し、個人技で両サイドをえぐりながら日本のゴールに迫ってくる。対する日本も、武藤のパスを受けた宇佐美のドリブルからきわどいシュートや(38分)、逆サイドの宇佐美からフリーで受けた永井がチャンスを迎えるが(44分)、やはりゴールが遠い。チャンスを作っては、ため息がもれる。明らかに日本の良くないパターンである。

 後半に入ると、走力が衰えない北朝鮮と、消耗の度合いを増していく日本との差が次第に明確になってゆく。日本ベンチは、後半11分に宇佐美を下げて柴崎を、そして27分に川又に代えて興梠慎三を起用。前線にフレッシュな選手を投入して追加点を狙うが、この日は大当たりの北朝鮮GKリ・ミングクの守備を打ち破ることができない。

 そして攻撃の手詰まり感がピークに達した後半33分、北朝鮮は自陣からのロングパスに、森重に競り勝ったパク・ヒョンイルが頭で落とし、これをリ・ヒョクチョルがニアサイドにたたき込んだ。ついに同点に追いついた北朝鮮は、しかし決してこれに満足することはなかった。終了間際の後半43分には、左サイドからのロングキックにパク・ヒョンイルが、高い打点からゴールを決めて土壇場で逆転に成功。槙野も必死に競っていたが、高さと強靭さでは相手が上回っていた。ファイナルスコアは1−2。ハリルホジッチ体制となって、5試合目で迎えた初の敗戦である。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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