飛込15歳・板橋美波が大技109C成功 涙の準決勝敗退も、リオ五輪へ収穫

田坂友暁

女子高飛び込み予選で女子では世界初となる高い難易度の109C(前宙返り4回転半抱え型)を成功させた板橋 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 会場中にどよめきが広がった。ジャッジですら感嘆の声を漏らす。
 ロシアで行われているカザン世界選手権の飛込競技会場で行われた女子高飛び込み予選、14番目に登場した日本の板橋美波(JSS宝塚)が4本目に飛んだ直後の出来事だった。
 男子でも高い難易度の種目であり、世界でもトップクラスの選手しか飛ばない109C(前宙返り4回転半抱え型)。当然、女子が国際大会で決めた例は、これまで一度もなかった。それを、日本の150センチ、45キロの小柄な高校1年生が成し遂げた瞬間に、会場の観客だけでなく、関係者からも驚きの声が上がった。

凝縮された強いバネが持ち味

板橋は109Cを成功させた直後、プールサイドで馬淵コーチに笑顔をみせた 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 板橋は中学2年生で全国中学の高飛び込みを制し、東アジア大会で初の国際大会の舞台を経験。中学3年生となった2014年にはアジア大会に出場を果たす。すでにこのとき、109Cのトレーニングは行っていたのだが、成功率が低いために109Cよりも1回転少ない、107C(前宙返り3回転半抱え型)でアジア大会に臨んだ。ところが、107Cの結果は“回転しすぎ”での失敗。試合後、板橋を指導する馬淵崇英コーチ(日本代表ヘッドコーチ)も、板橋のポテンシャルに舌を巻く。

「普通、失敗するときは回転不足となることが多い。でも彼女の場合は回転のスピードがとても速くて、回転を抑えようとしたことで失敗してしまった」

 体のバネが良い、言えば普通に聞こえるが、そのバネを支える太もも、お尻の筋肉は世界と比較してもかなり発達している。飛び込み競技は、回転の鋭さや演技の安定感を出すためには、踏み切りが特に重要なポイント。高く、正確に、体の軸がぶれないジャンプをしなければならないのだが、板橋の発達した下半身はそれを見事に支えている。

 さらに上半身、特に鍛え上げられた肩回りの筋肉も回転やひねり技の安定感を与えており、小柄な体にギュッと凝縮された無駄のない筋肉によって、誰よりも素早い回転の鋭さが生み出されているのだ。

 満を持して109Cを披露したのは、6月に東京・辰巳国際水泳場で行われた日本室内選手権。109Cを見事に成功させて96.20をたたき出し、合計で400点を超える高得点を獲得。
「いつも考えすぎて失敗してしまっていたけど、今回はとにかくジャンプをしっかり、ということだけを意識していたらできた。技が決まってうれしかった」

 成功させたことで自信をつけた109Cを武器に、世界のメダル争いの渦中に飛び込んだ板橋だったが、大舞台で力を発揮することの難しさを実感することになってしまう。

決勝進出の期待が高まったが……

準決勝では翌年のリオデジャネイロ五輪の代表枠を獲得できる「決勝」に進出できず、涙をみせた板橋 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 世界選手権の女子高飛び込み予選。全5本の演技の合計点で競われる飛び込み競技で、板橋は109Cを4本目に飛び、見事成功させて6位で準決勝に進出。この世界選手権の準決勝で、決勝進出(準決勝に進んだ18人中、上位12人)を果たせば翌年のリオデジャネイロ五輪の代表枠を獲得できるため、予選で6位だった板橋にいやが上にも決勝進出の期待は高まる。

 1〜3本目までは予選とそれほど変わらない得点をキープし、いよいよ109Cを飛ぶ4本目を迎える。会場の観客やジャッジも板橋が109Cを予選で成功させたことは知っているため、異様な雰囲気が漂う。

「飛び出したときに、もう決まらないと思った。ジャンプしたとき、普通は正面を向いているのに、今回は右に傾いてしまって回転の軸もズレてしまいました」
 試合後に板橋がそう話したように、回転を素早くするために体を小さく抱え込まなければならないところ、少しだけ予選よりも体が開いており、回転軸がズレてしまった。最後の入水でも大きく水しぶきをあげてしまい、予選は86.95をたたき出していたが、109Cの得点は55.50。ラストの5本目も予選以上の演技はできず、16位となって準決勝敗退という結果となった。

先輩にメンタルの強さを学べ

同じクラブで練習をしている先輩の寺内は3メートル飛板飛び込みで決勝進出を果たし、5回目となる五輪への切符を手にした 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 試合後、涙を浮かべる板橋を馬淵コーチが頭をなでて慰める場面があった。
「技は世界と戦えるところまではきましたが、メンタルはまだまだこれから。緊張してしまうと、それが体の動きに影響して、自分が思うように踏み切れないところがある」(馬淵コーチ)
 技の正確性、難易度も含めて、板橋はすでに世界トップクラスの実力は持っている。しかし、今はまだ15歳の高校1年生で、国際大会に出場し始めたのも2年前から。板橋に足りないのは、国際大会の経験である。
「国際大会のこういう雰囲気にのまれずに、自分の力を出せるようにしないと。そのためには、たくさん大会に出場して、たくさん経験を積むことです」(馬淵コーチ)

 今回の世界選手権は、リオデジャネイロ五輪の代表枠がかかった試合でもあったため、各国の選手の目の鋭さが、普段の国際大会とは全く違う。何が何でも12位を奪いに行く。そういう気迫に満ちあふれていた。板橋に必要なのは、何が何でも勝つ、負けない、成功させるんだ、という強い決意と気迫。
 たった1秒足らずの瞬間に、自分が積み重ねてきたトレーニングのすべてを凝縮させる飛び込み競技において、このメンタル面の強化は必須である。同じクラブで練習をしている、先輩の寺内健(ミキハウス)は、板橋の高飛び込みの翌日に行われた3メートル飛板飛び込みに出場し、決勝進出を果たして5回目となる五輪への切符を手にした。その寺内の準決勝は、板橋に必要なものがすべて詰まっていた。

 1本目から決勝進出ラインの12位におり、1点でも落としてしまうと一気に順位を下げる結果になりかねない状況が続いていた。1本のミスも許されないなか、寺内はすべての演技で予選の得点を上回り、大きなミスは一つもせずに10位を獲得したのである。
 強いプレッシャーの固まりの中にあっても、自分の演技を貫き通した寺内。まさに板橋が身につけていきたいメンタルの強さは、そこにある。

 リオデジャネイロ五輪への道は閉ざされたわけではない。今年9月のアジアカップ、そして来年2月のワールドカップでも代表枠獲得のチャンスはある。五輪に次ぐ世界の大舞台で109Cを1度でも成功させたという経験は、確実に血となり肉となり、板橋を大きく成長させるきっかけになったことだろう。
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著者プロフィール

1980年、兵庫県生まれ。バタフライの選手として全国大会で数々の入賞、優勝を経験し、現役最高成績は日本ランキング4位、世界ランキング47位。この経験を生かして『月刊SWIM』編集部に所属し、多くの特集や連載記事、大会リポート、インタビュー記事、ハウツーDVDの作成などを手がける。2013年からフリーランスのエディター・ライターとして活動を開始。水泳の知識とアスリート経験を生かした幅広いテーマで水泳を中心に取材・執筆を行っている。

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