嘉藤貴行ついに掴んだ夢舞台 デビュー16年目の初ダービーへ
デビュー16年目の嘉藤貴行が初のダービーに挑む 【netkeiba.com】
調子に乗る新人の1人になってた
デビュー1年目から好スタートを切った嘉藤だが「調子に乗る新人の1人になっていた」 【netkeiba.com】
「競馬の世界とは縁のない家で育ちましたが、周りでダビスタが流行っていて、友達もやっていました。それを見ているうちに、漠然と背が小さいし、ジョッキーはおもしろそうだなと思って、試験を受けに行きました。ダビスタ世代というのもあって、競馬学校にはたくさんの人が集まっていて、絶対に受からないと思っていましたので、合格した時には本当にビックリしました。乗馬経験もなかったですし、なぜ受かったのだろうと不思議でした」
全くの白紙の状態からジョッキーとなった嘉藤は、2000年に無事デビューを果たす。当時は新人でも、騎乗チャンスに恵まれていたと嘉藤は言う。
「初勝利で騎乗していたリアルヴィジョンは、多分誰が乗っても勝てるだろうという良い馬でした。そういう馬に乗せてもらえましたし、ムチを使わないで勝つことも結構ありました」
1年目に19勝を挙げ、民放競馬記者クラブ賞を受賞した。
「初めは良い馬に乗せて頂いて勝っていましたから、もう完全になめていました(笑)。調子に乗る新人の1人になっていました」
2001年から2003年までは18勝、19勝、11勝と2桁勝利をマークしていたが、2004年から成績が下降し、騎乗数も勝利数も落ち込んでいく。減量の特典がなくなって騎乗数が減るという悪いスパイラルに、完全に嵌っていた。
「高くなった鼻もへし折られて(笑)、ちょっとふてくされて……。自分が努力しているわけでもないのに、何故乗せてくれないのだろうと思っていました」
と嘉藤は当時を振り返る。だが、完全に嵌った悪いスパイラルから、嘉藤は抜け出した。
手繰り寄せたコメートとの出会い
自分にできることをコツコツと重ねた結果、初のダービーへと導いてくれたコメートと出会うことに 【netkeiba.com】
やがてミルファームをはじめ、応援してくれる馬主や関係者が現れ、騎乗馬が増えていった。2011年の騎乗回数は108回だったが、2012年は311回、2013年は311回、そして昨年は344回に増加している。
「僕にできることは、限られていると思うんです。攻め馬を一所懸命するとか、真面目に生活をするとか、ちゃんと挨拶をするとかですね。そのような基本的なことしかできないと思うんです。自分に厳しくではないですけど、地道な努力の積み重ねが大きいのかなと思います」
地道に積み重ねてきた努力が、やがて1頭の馬との出会いを引き寄せる。
「昨年5月にケンレーシング(組合)さんのチーフテンという馬で8着になったのですが、オーナーがそれをとても喜んで下さいました。続けてチーフテンに乗せて頂いて、人気薄(15人気)で3着に来たのですが、この時もとても喜んで下さって、新馬に乗せて頂けるということになりました」
その新馬が、黒鹿毛のコメートだった。入厩した当初から、嘉藤はコメートの手綱を取っている。
「最初から完成度が高くて、攻め馬も動く馬でした。大人しくてとても従順な性格でしたし、デビューするまで、どこかで躓いたということが一切ありませんでした」
至って順調に新馬戦まで調整されたコメートのデビュー戦は、7月6日。福島競馬場だった。8番人気と評価は決して高くはなかったが、嘉藤は内心自信を持っていた。ところが、初めての競馬に馬が驚いたのか、スタートで後手を踏んで6着に敗れた。しかし、2戦目の未勝利戦では、好位からレースを進めてあっさり初勝利を挙げた。
「キッチリと変わり身もありましたし、ゲートも出てくれました。競馬も上手で、完勝でした」
新馬戦で経験したことを次にしっかり生かす。この学習能力の高さも、コメートの良さでもあるようだ。