三浦隆司が追い求めていた理想のKO劇=経験少ないアウトボクシングを封じた一撃

船橋真二郎

宝刀の左フックで崩れ落ちる挑戦者

豪快な左フック一発で元IBF世界王者ディブを仕留めたWBC世界スーパーフェザー級王者・三浦 【中原義史】

 挑戦者のビリー・ディブ(オーストラリア)をコーナーのどん詰まりに追い込むと、苦し紛れに放ってきた右を外した刹那、強打で鳴るサウスポーの三浦隆司(帝拳)がすかさず宝刀の左フックを叩き込む。倒れゆくディブに、さらに右フック、左フックをフォローすると、たまらず直下に崩れ落ちた。ディブは何とか立ち上がりはしたが、最初の一撃がすべてを奪い去ってしまっていた。その眼差し、揺れる足元を見て、パナマのエクトール・アフー主審は迷いなく両腕を交差。1日の東京・大田区総合体育館、三浦が3回1分29秒TKOでWBC世界スーパーフェザー級王座の4度目の防衛に成功した。

「結構ガッチリきて、で、抜ける感じですか。これは一発で終わったなという感じの手応えでした」
 豪快なKOシーンはもちろん圧巻だったが、そこに至るまでの一連の流れが素晴らしかった。足を使うディブをロープ際に詰め、淀みなくボディを連打。たまらずサイドに回ったディブを、三浦は動きを止めずに追いかけていく。すでに、かなりの圧力を感じていたはずのディブはあっという間にコーナーポストを背負った。

 まさにここ、というところで出た快心の左は「狙ってないパンチというか、自然に出たパンチだった」と三浦。その証拠にフォローの左フックの後、さらに崩れるディブの頭上を右フックが通過し、続く左を打ち出す動作で止まる。もし、ディブがコーナーポストにもたれかかった状態で倒れずにいたら、どれだけのパンチに打ち据えられていたか。想像しただけでも寒気がする。

 どの一瞬にも余計な力が入っておらず、バランスを崩すことがなかったからこそ、流れるようにつながったフィニッシュシーンは三浦の“進化の証明”でもあった。だが、立ち上がりは距離を取り、サイドに動くディブの前に三浦の硬さが目立った。

2階級制覇を目指したディブの戦略

元IBF世界王者ディブは内山戦を研究し、アウトボクシングで対抗したが… 【中原義史】

 元IBF世界フェザー級王者でもあるディブは約25年ぶりという生中継のために来日したオーストラリアのテレビ局のアナウンサーが「いつもの有名なスマイル」と紹介していたように、好感を抱かせるナイスガイだったが、同時に並々ならない野心を感じさせた。

 ディブはIBF王座決定戦出場の話もあった中で三浦挑戦を選択した理由を「空位の王座を争うのではなく、王者からしっかりタイトルを奪うことに価値がある」と話し、1968年2月にファイティング原田からタイトルを奪ったライオネル・ローズ、3階級制覇のジェフ・フェネックの名前を挙げ、母国の偉大な王者たちも巻いたWBCのベルトを持ち帰りたいと宣言。また、ベルトを失ってから2年半、若き全勝ホープ時代にはアメリカを転戦した経験もあるディブは「王座に返り咲くだけではなく、複数階級で王者になれる選手と自分を信じてきた」と、第一線復帰への意欲を力強く示していた。

 三浦攻略を目指し、ディブ陣営が最も研究したのが2011年1月、三浦が世界初挑戦に失敗したWBA同級王者の内山高志(ワタナベ)戦だったという。三浦がダウンを奪いながらも右拳を負傷した内山がほぼ左一本で距離を保ってコントロール。ダメージを蓄積させて、8回終了TKOで下した一戦である。ディブは好戦的なタイプだが「打ち合いにくれば、パワーのある三浦の土俵。アウトボクシングをしてくる可能性もある」という浜田剛史・帝拳ジム代表の読みは当たっていた。

1、2回は出足が硬かったが…

「豪快にぶっ倒す」と左フック一撃で仕留めた理想のKO劇を披露した 【中原義史】

 想定はしてきたものの「(動き回る相手を)追いかけるボクシングは、あまり経験がなかったので」と三浦も出足の硬さを認めた。なかなか手が出ず、定石どおりにボディ攻めからプレスをかけ、ロープ、コーナーに詰めるも、何度か体を入れ替えられて、軽打を浴びるシーンもあった。接近したら、しっかりとクリンチで動きを封じられた。ディブも「序盤1、2回は展開をコントロールしていたと思う」と振り返っている。

 だが、「じわじわとでもプレッシャーがかかってきている手応えはあった」と三浦。「1ラウンド目から(迎え打つ)右アッパーを出してきた。それだけ三浦のプレッシャーがきついのだろうと見ていた」とは葛西裕一トレーナー。三浦サイドには焦りはなかった。2回に入り、初回には見られなかった上体を振る動きも出始め、離れ際の一瞬のスキを突いた左フックがディブを捉える。少しずつ動きのほぐれてきた三浦に対し、ディブの足はエスケープの色合いを深めていった。

 正直なところ、三浦の動きが完全にほぐれる前に試合が終わったという印象ではある。一発当たれば、という破壊力はやはり最大の武器だ。決して打たれ強くはないディブにはたまらなかったろうが、三浦のスムーズな動きは内山戦では見られなかった成長の跡だろう。

豪快にぶっ倒す――三浦の武骨な魂

試合前の殺気だった表情とは一転、豪快な勝利に試合後は笑顔が印象的だった 【中原義史】

 三浦はこれで3連続KO防衛。かねてから求めてきた一撃で決めるKO劇に「今まで倒してきた中でもいいKOシーンに入るのでうれしい」とご満悦の様子。試合直前までの殺気立った表情とは打って変わった実にいい笑顔を浮かべた。三浦は「戦うときになると、ぶっ倒してやるという気持ちに切り替わる。人が変わりますね」と照れくさそうに言う。浜田代表が「最初にジムに来て、最後に帰るというくらいの」と認める練習量。バランス改善、ディフェンス強化、攻防一体のボクシングへと進化させようと、一心不乱に取り組んできた先には「豪快にぶっ倒したい」という単純明快な答えがある。根本にある、この武骨な魂こそが三浦の魅力である。
「不器用で覚えるまでは時間がかかるが、そうやって覚えたことは、なかなか忘れない」
 浜田代表の言葉を聞き、三浦の伯父で元日本フェザー級王者の三政直(さん まさなお)さんの話を思い出した。元WBA世界フライ級王者の花形進・花形ジム会長に、ジムの後輩の三さんの思い出を聞いたことがある。まだデビューするかしないかの駆け出しの頃、すでにプロで30戦以上している花形会長にスパーリングを申し込んできたのだという。実力差は明白。すぐ鼻血を流し、顔を真っ赤にさせた。先輩のキツイ洗礼を浴びたわけだ。
「さすがに懲りただろうと思ったら、次の日、『お願いします』と言ってきて、それから何度も何度も相手をさせられた。そういう気持ちの強さと、しつこいくらいの粘り強さが、三を強くしたんだ」
 少年時代、秋田の実家のタンスの引き出しから偶然、見つけた1枚の写真が三浦の原点。三政直さんがファイティングポーズを取って、収まっている姿に惹かれ、ボクシングに導かれた。伯父と同じボクサーの血は、しっかりと三浦の中にも流れているに違いない。

海外でWBO王者との統一戦も視野

 三浦の目が輝いたのは、報道陣から「(本田明彦・帝拳ジム)会長が次はできればアメリカでやりたいと言っていたが」と問われたときだ。
「ぜひ、そういうチャンスがあればやりたいです」
 すでに初防衛戦はメキシコで戦い、激しい打撃戦、倒し合いを判定で制している。今度はアメリカで豪快にぶっ倒す。三浦のそんな思いが透けて見えた。本田会長も「三浦は海外に出たがっているから、できれば決めたい。統一戦も考えている」と、この4月に2度目の王座返り咲きに成功したWBO同級王者のローマン・マルチネス(プエルトリコ)の名前を挙げた。
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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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