大成功に終わったFC今治のホーム開幕戦 様変わりした四国リーグで得たインパクト

宇都宮徹壱

大量得点するも、実は戸惑っていた選手たち

今治の10番、岡本。ハットトリックを決めたものの「前半、飛ばしすぎました」と反省しきり 【宇都宮徹壱】

 試合について振り返る。この日の相手は、香川県仲多度郡多度津町を本拠とする、多度津FC。公式サイトはもちろん、ウィキペディアの記述もないので、プロフィールはまったく不明だ(そもそも四国リーグ自体が、公式サイトを持っていない)。分かっているのは、12年から四国リーグに参戦し、今季が3年目ということのみ。01年以来、15シーズンにわたって四国リーグで活動している今治にしてみれば、ぜひとも「格の違い」というものを見せつけたい相手である。

 試合は序盤から動く。開始1分、CKから今治の10番、岡本剛史が押し込んで先制。岡本は9分と31分にもゴールを決めて、前半でハットトリックを達成してしまう。他の選手も奮起し、20分には流れるようなパスワークから乙部翔平が見事なミドルシュートを決め、40分と41分には長尾善公と土井拓斗が立て続けにネットを揺らす。R.VELHOとの開幕戦(3−0)では、後半3分まで無得点が続いた今治。しかしこの日は面白いように得点を重ね、前半だけで6ゴールを挙げてハーフタイムを迎えた。

 前半のサッカーを見る限り、「できるだけ自分たちでボールを保持し、攻撃の時間を長くする」という“岡田メソッド”の一端は十分に確認することができた。中盤での素早いパス交換から相手のポジションを動かし、空いたスペースに選手が走り込むか、自らドリブルで仕掛けてチャンスを作る、というのが得点パターン。前半はこれが見事にハマったのだが、後半になると9分と24分の高橋康平の2得点以外、すっかり沈黙してしまう。後半のペースダウンの理由について、ハットトリックの岡本は「前半に飛ばしすぎて、後半はスペースを突く動きができませんでした」と、ペース配分の失敗を理由に挙げている。それでは、飛ばし過ぎた原因は何か。

 木村孝洋監督は「去年とあらゆる面で違いがある。注目度も違うし、サッカーをする環境も違う。選手も正直、戸惑いがあるんじゃないかと心配していました」と語った上で、「慣れない環境というのも原因のひとつ」と分析する。要するに今治の選手たちは、天皇杯を除いては、これほど多くの観客を前に試合をした経験がなかったのである。そんな中、開始直後に先制ゴールが決まったことで、選手はペース配分を考えることなく夢中で攻めまくることになった。対戦相手の多度津は、この日の観客の多さにさぞかし面食らったことだろうが、実は今治の選手たちも同様に戸惑っていたのである。

今治の動きに注目する愛媛FCサポーター

試合後、観客ひとりひとりと握手する岡田オーナー。初めてのホームゲームは大成功に終わった 【宇都宮徹壱】

「ホーム開幕ということで、どれだけのお客さんが来るのか予想が立たない中、スタッフが睡眠時間を削って頑張ってくれて、(仮設)トイレなども含めて万全の準備をしてくれました。そのかいもあり、これだけたくさんの人たちに来てもらえたのは、社長兼オーナーとして本当に有難いことだと感謝しています」

 試合後、メディアの囲み取材に応じた岡田オーナーは、安堵の表情を浮かべながらこのように語った。この人もまた選手と同じくらい、あるいはそれ以上に緊張の面持ちで試合当日を迎えたことだろう。この日の運営に関しては、試合後に多くの観客がピッチに入り込むというアクシデントがあったものの、それ以外はつつがなく終了。クラブのスタッフに加え、30人はいたであろうボランティアスタッフの献身的な働きもあり、新体制になっての最初のホームゲームは、集客面も含めて大成功であったと言える。

 この日の運営を陰で支えていた人物がいる。愛媛FCの名物スタッフで、サポーターの間から「ジャンさん」の愛称で親しまれている小玉桂造さんだ。「われわれは運営の素人なので、愛媛FCさんに助けを求めました」と岡田オーナーは語っていたが、実はジャンさんは「愛媛県サッカー協会のスタッフとして」この日の運営に携わっている。きっかけは、試合3日前の木曜日に、今治のスタッフから運営に関する相談を受けたことだという。

「全体の流れについては問題なかったんですけれど、細かいところでちょいちょい抜けがあるなと思いました。特に心配だったのがトイレ。ふれあい広場の近くにはトイレが1カ所しかない。岡田さんやゲストの方々が、一般客と同じトイレというのは、いくら四国リーグでもさすがにまずいでしょ(笑)。ですので、仮設トイレを5〜6基、手配してもらうようにお願いしました」

 そんなジャンさんから、もうひとつ興味深いことを教えてもらった。観客の中に、少なからずの愛媛サポーターがいたというのである。「まあ、カテゴリーが違いすぎますからね。あと、(愛媛の)試合とも被らなかったし。ただ、今治で起こっていることについて、関心を持っている愛媛のサポーターは間違いなくいますね」とジャンさん。

 愛媛といえば、かれこれ10年近く「●年後にJ1昇格」を謳いながら、クラブの体制が刷新されることもなければ新スタジアム建設の機運さえ生まれることなく、ほとんど代わり映えのしないシーズンを重ねてきた。もちろん、J2に居続けること自体を否定するつもりは毛頭ない。それでも変化を求めて止まないサポーターからすれば、今治で起こっていることに気が気でないのも十分に頷ける。FC今治は、地元・今治市のみならず、現在J2の愛媛FCをも巻き込んで、さらなる化学変化を日本のサッカー界に起こす可能性さえ秘めているのではないか──。そんな想いを抱かせるくらい、この日の四国リーグの光景には、尋常ならざるインパクトがあった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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