日本の進路が決まった日=W杯予選 日本代表 0−0 豪州代表

宇都宮徹壱

オーストラリアを突き動かす“喪章の力”

オーストラリアのエース、ケーヒルの左腕には喪章が見える 【Getty Images】

 先週末から、気が付くとニュースで「オーストラリア」を耳にする機会が増えた。
 最初は水曜日のフィンランド戦を終えて「いよいよ次はオーストラリア戦」という、平和的なサッカーの話題のみであった。ところがその後、オーストラリア南東部で発生した、深刻な山火事のニュースがウエートを占めるようになる。気温約47度という連日の猛暑もあって(言うまでもなく南半球のオーストラリアは、今は真夏である)業火は一気に広がり、多くの民家を飲み込んでいった。死者の数も、120人、150人、そして180人と増加の一途をたどり、最終的には300人を超えると見られるという。

 こうした事態を鑑み、オーストラリア代表のピム監督は、前日会見の冒頭で「史上最悪の山火事で亡くなった方々に心からのご冥福をお祈りします」と語っている。また日本サッカー協会からは、試合当日に選手全員が喪章を付けて試合に臨むこと、キックオフ直前に黙とうがささげられることがアナウンスされた。「サッカーはもちろん人生にとって大事なことだが、もっと大事なことがある」とピム監督。同感である。私も、山火事で亡くなられた方々には、心からのご冥福をお祈りしたい。

 一方で今回の災厄が、オーストラリア代表に少なからずのモチベーションを与えたことは、見逃せない事実である。彼らは当初、今回の試合に必勝態勢で臨む理由は皆無であった。ここまで3勝無敗の勝ち点9。残り試合で6ポイント積み重ねれば、予選突破は確実な状況であり、たとえ日本とのアウエー戦で敗れても問題なし。むしろ、選手のほとんどが欧州でプレーしている現状を考えるなら、日本戦は「流す程度で十分」という考えがあっても不思議ではなかった。あの山火事さえなかったら。

 確かにアウエーゆえ、コンディションが良好とは言い難い。コンビネーションについても、前日に来日している選手がいたので、試合中に感覚を取り戻していくしかないだろう。が、それらの条件を差し引いても、オーストラリアが強敵であることに変わりはない。ただし、われわれが最も警戒すべきは、ケーヒルでもブレシアーノでもケネディでもなく、実のところ、選手全員の左腕にまかれた“喪章の力”なのかもしれない。

日本にのしかかる不必要なプレッシャー

 さて、日本代表である。
 試合前の時点でグループ2位の日本にとっても、オーストラリアとの首位決戦は、本来ならば過剰なプレッシャーのかかる試合ではなかった。それは順位表を見れば明らかである。3位カタールとは3ポイント差ある上、向こうは1試合多く消化している。加えて、下位3チーム(カタール、バーレーン、ウズベキスタン)に対する日本の潜在的優位は明らかだし、アジアの出場枠は「4.5」の広き門だ。少なくとも最終予選突破「だけ」を考えるなら、たとえこの一戦を落としたとしても、決して悲観する必要はないだろう。

 しかし、日本の――というよりも岡田武史監督の視線の先は、あくまで予選突破の向こう側にある。指揮官自らが「ワールドカップ(W杯)ベスト4」という目標を標ぼうするのであれば(私自身は大風呂敷に思えて仕方がないのだが)、前回大会で日本を1−3で一蹴し、ベスト16進出を果たしたオーストラリアは、どうしても乗り越えなければならない存在となる。
 試合前のFIFA(国際サッカー連盟)ランキングでは、日本は34位、そしてオーストラリアは29位(11日に発表された最新ランキングでは日本は37位、オーストラリアは27位となっている)。現在は同じアジアで戦う間柄とはいえ、選手の多くが欧州のトップリーグでプレーし、体格とフィジカルではるかに上回るオーストラリアは「世界を想定した相手」としては申し分ない。かくして今回のオーストラリア戦は、単なる「予選」の枠組みを超えて「世界との距離を図る」一戦と位置づけられたのである。

 ところが、試合が近づくにつれて「岡田監督が目指すサッカーは世界に通用するのか」という当初の問題提起は、いつの間にか「岡田監督の進退を懸けた戦い」へとエスカレート。試合当日のスポーツ紙は、一斉に「負けたら解任」という扇情的な見出しを掲げた。伏線として、指揮官の徹底した非公開練習に対するメディア側の不信感があり、これに犬飼会長の「ホームで負けたら致命的」という発言(どういう意図があったかは不明)が加味されて、このような不穏な空気を醸成させたのであろう。いずれにせよ日本は、何とも不必要なプレッシャーを抱えながら、このオーストラリア戦を迎えることとなった。

 もっとも岡田監督自身、進退を懸ける気持ちで、この試合に臨んでいたことは間違いなさそうだ。それは、試合前に配布されたメンバー表からも読み取ることができる。私はそれを、スタメンの11人ではなく、ベンチ外のメンバーから強く感じた。すなわち、先のフィンランド戦でアピールした中村憲剛と香川真司、そしてバーレーン戦でスタメンだった海外組の稲本潤一が、容赦なく外されていたのである。中盤の顔ぶれは、中村俊輔、遠藤保仁、松井大輔、長谷部誠、そしてトップ下に田中達也という、昨年9月のバーレーン戦の陣容に戻され、大久保嘉人がベンチで出番を待つ。これが、岡田監督の考える「世界に勝つためのメンバー」であった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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