井口資仁『井口ビジョン』

前年最下位チームを率いた井口監督1年目の収穫と課題 ゼロからの土台作りとトレード戦略の意図とは

井口資仁
 高校では甲子園出場、大学では三冠王と本塁打新記録。

 プロ野球では日本一、メジャーリーグでは世界一を経験し、ロッテ監督時代は佐々木朗希らを育てた。

 輝かしい経歴の裏には、確固たる信念、明確なビジョンがあった。ユニフォームを脱いで初の著書で赤裸々に綴る。

 井口資仁著『井口ビジョン』から、一部抜粋して公開します。

ゼロから始まったチーム作り

【写真は共同】

 僕が監督となる直前の2017年、ロッテはリーグ最下位という成績でした。先にも述べた通り、全試合に出場した選手は二塁の鈴木大地だけで、規定打席(443打席)に達したのも大地と角中勝也の2人だけ。投手を見ると、涌井秀章(現・中日)と二木康太は規定投球回数(143イニング)を超えましたが、二桁勝利を挙げた投手はゼロという、なかなか厳しい状況にありました。

 チーム戦力を整える作業はパズルを組み立てる作業に似ています。まずは核となる大きなピースを置き、その間を小さなピースでつないでいく。レギュラーメンバーが固定できているチームであれば、パズルのピースはほぼ埋まり、残りの数ピースとして当てはまる戦力を探せばいい。でも、僕が就任した当初のロッテは、レギュラーと呼べる選手はほとんどおらず、誰をどこに当てはめたらいいのかも分かりませんでした。野手の軸となりそうな大地は持ち味を生かすために三塁に挑戦させたいと考えていたので、パズルは真っ新(さら)な状態だったのです。

 そこで、まず1年目に取り掛かったのが「ピースを作る」ことでした。補強急務のポジションは即戦力となる選手をドラフト指名することにしました。監督就任会見から約2週間後にあったドラフト会議では、遊撃手の藤岡裕大(トヨタ自動車)を2位指名。中村奨吾を二塁に固定し、大地を三塁へコンバートする手筈を整えました。1位で獲得したのは履正社高の安田尚憲。将来の主軸として育成する目的です。

 この時のロッテに必要だったのは、まずチームとしての形を作り、体力をつけることでした。そこで僕は開幕スタメンを勝ち取った選手は、成績が多少浮き沈みしても、シーズンを通じて起用しようと決意。1年間戦い続ければ、調子がいい日もあれば悪い日もある。その中で日々どのような準備を進めていけばいいのか、結果を残すためにはどうしたらいいのか、シーズンを通じて戦うために必要なものを、自分の肌で感じてもらいたいと考えたのです。

 パズルはまだピースが置かれていない真っ新な状態です。監督やコーチの立場から見れば、ゼロからチームを作り上げることは大変なことですが、選手にとってはレギュラーの座を摑める絶好の機会に他なりません。僕は公平にレギュラー選出を行うため、そして選手の競争心を刺激する意味も込め、春季キャンプでは一軍と二軍の区別をつけない合同キャンプを実施しました。より実戦に即した練習を増やし、第3クールには紅白戦をスタート。無駄な時間を減らし、選手の自主性を促しながら濃密な時間を過ごせたと思います。

 3月30日に迎えた楽天との開幕戦。スターティングメンバーに名を連ねたのは、一塁・井上晴哉、二塁・中村奨吾、三塁・鈴木大地、遊撃・藤岡裕大、左翼・菅野剛士、中堅・荻野貴司、右翼・加藤翔平、捕手・田村龍弘、指名打者・福浦和也、そして開幕投手は涌井秀章でした。

 そして、宣言通りにシーズンを通じて起用した結果、中村、鈴木、藤岡、田村が全143試合に出場し、井上、角中も規定打席に到達。投手陣は規定投球回数に達した涌井こそ7勝(9敗)にとどまりましたが、マイク・ボルシンガーが13勝(2敗)、石川歩が9勝(8敗)と健闘し、翌年以降につながる土台を作ることができました。

 チームの成績は59勝81敗3分で、前年から一つ順位を上げてリーグ5位。シーズンを通じてBクラスにとどまりましたが、機動力を生かす野球を掲げてチーム盗塁数は西武(132個)に次ぐ124個を記録。犠打や四球の数も増え、全員で1点を摑み取ろうという姿勢を示すことができました。夏以降は故障者が続出して失速したものの、交流戦を11勝7敗で3位に入る意地を見せることができたのは、選手にとって大きな自信になったと思います。

 同時に、改めてロッテが持つ課題を強く実感するシーズンにもなりました。何よりも選手のあきらめが早く、プロとしての意識が低いのです。その根底にあるのは「負けても仕方ない」と思う〝負け癖〟。優勝するためには払拭すべき要素であり、勝利に対するこだわりと置き換えられなければなりません。シーズンが終わりに近づくにつれ、あっさりと負ける試合が増えることが気になりましたが、最も印象に残っているのは最終戦を巡るやりとりでした。

 10月13日、本拠地ZOZOマリンスタジアムでの楽天戦。順位はすでに5位で確定した後の最終戦でした。ローテーション通りであれば先発する予定だったベテラン投手は、この試合で投げても規定投球回数には到達しないので「今シーズンはもう投げません」と言う。そこでローテーション順で次にあたる中堅投手に聞くと「僕はもういいです」の返答。他に聞いても「投げたい」という声が聞こえてこないのです。

 最後に声を掛けたのが、フェニックス・リーグに参加するため、宮崎へ飛び立とうと羽田空港にいた岩下大輝でした。前週の楽天戦でプロ初先発のマウンドに上がり、6回無失点で初勝利を飾っていた岩下に「最終戦、先発するか?」と聞くと「投げさせてください!」と即答。入団以来怪我が続き、ようやく一軍に呼ばれるようになった4年目右腕は、どんなチャンスも逃したくなかったのでしょう。6回2失点と好投しましたが、打線の援護に恵まれずに1-4で黒星。プロ2勝目ならずも、岩下の気持ちは届きました。

 シーズン最後のミーティングでは選手はもちろん、コーチやスタッフら全員に向かって「これだけ『投げたい』『勝ちたい』と思う選手が少ないのであれば、いつまで経っても勝てるチームにはならない」という話をしました。中途半端な気持ちで勝てるほど野球は甘くありません。選手の「意識改革」に本腰を入れなければいけないと感じた出来事でもありました。

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