【JFE東日本のマネジメント術(中編)】 どうすれば投手全員を活躍させられるか。故障を防ぐ「ゲームアプローチ」&データに基づく起用法

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(本記事は前・中・後編 3部構成の中編)

2022年12月にJFE東日本の投手コーチに就任した際、荻野忠寛はピッチャーたちの前で真っ先に伝えたことがある。
大会で「全員使う」という起用方針だ。

その意図は、社会人野球の存在意義と関係がある。

「社会人野球の位置づけは『職場を盛り上げること』なので、大会に出ない選手がいてはいけないと思います。
JFE東日本の選手たちはみんな異なる職場に属しているからこそ、全員使わないといけない。『どの試合で投げるかをなるべく早く伝えるから、職場の人に応援に来てもらえ』と言っています」

野球選手は試合に出てこそ存在意義があり、同時に成長できる。
これは学童から社会人、プロまで全世代に通じるが、「全員使う」という荻野の発想はどこから来ているのか。

じつは、コーチを務める館林慶友ポニーの方針と関係がある。

「慶友ポニーには『投げたいと言った選手は全員投げさせる』というルールがあります。たとえ5球に1球くらいしかストライクが入らなくても、『投げたい』と言えば投げさせる。そういうピッチャーをどうすれば活躍させられるか。常々そう考えていることが僕の根本にあります」

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なぜ春先に故障が増えるのか

全投手を試合で起用するには当然、綿密なマネジメントが不可欠だ。荻野は「ゲームアプローチ」という20段階でJFE東日本の投手たちを状態別に管理している。


【ゲームアプローチ】

(1)シャドーピッチング
(2)ネットスロー

キャッチボール
(3)バッテリー間(30球以上)
(4)塁間(30球以上)
(5)40m(30球以上)
(6)50m(30球以上)
(7)遠投
(8)40〜50m低投

ピッチング
(9)20球
(10)40球
(11)20球×3セット(計60球)
(12)20球×4セット(計80球)
(13)40球連投

BP
(14)30球
(15)50〜60球
(16)シート

試合
(17)1イニング
(18)2イニング
(19)3〜4イニング(50〜60球)
(20)5イニング(70〜80球)


荻野が球界全体の課題として感じている一つが、春先にケガをする投手が多いことだ。

それを防ぐために上記の「ゲームアプローチ」を考案した。
JFE東日本では順番に20段階を踏み、初めて試合で制限なく投げられる(=フリー)というルールになっている。

 (3)〜(8)のキャッチボールはただ投げるのではなく、強く投げる。

 (9)〜(13)のピッチングは20球1セット。40球を投げる場合は20球×2セット

で、間に2分半以上の休憩をとる。(13)の40球連投は、20球×2セットを2日間連続で行う。以上をクリアしたら、次はBP(打撃練習)で登板する。
ケガをした場合、例外なく(1)からやり直しだ。



「春先にケガが多いのは、負荷のコントロールができてないからだと思います。例えば、僕が今投げても結構出力して投げられます。投げる感覚はあまり失わないですからね。でも体を鍛えてないので、今の体の出来に対し、出力が高いという状況です。

同様にシーズン開幕を迎えたばかりのピッチャーは、春先はどうしても体の出来より出力のほうが高い。そこに差があるので、体が耐えられずにケガをするのだと思います」

“いいフォーム”とは何か?

故障を防ぐために、JFE東日本では“いいフォーム”づくりを徹底的に行う。

「僕が考える“いいフォーム”は、理に適った体の使い方で投げることです。ちゃんと可動域が確保されて、代償運動をなるべくしないのが“いいフォーム”。
具体的に言えば、肩や肘、腕、手先に頼らず、下半身で生み出した力をよりロスを少なくしてボールまで伝えられるのが“いいフォーム”です」

メカニクスという言い方もされるが、“いいフォーム”で投げればパフォーマンスは自然に上がる。それが荻野の考え方だ。

いいフォームで投げると、スピードやコントロール、変化球、回転数、球筋、スタミナが全部上がります。ケガのリスクを減らせ、パフォーマンスも伸ばせ、好不調も減らせる。
『スピードもコントロールもどっちも上げる』というのが僕の考え方です。だからすでに球が速い投手にも、『もっと速くしろ』と言っています」

“いいフォーム”を身につけ、同時に体を鍛えていく。その先に故障予防とパフォーマンスアップがあるわけだ。

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綿密な起用計画

一方でコーチの荻野は、練習から試合のマネジメントを徹底する。シーズン前に設定するのが、各投手が年間に最大で投げる球数だ。


そのために現段階の故障リスクを「1〜5」で管理する。

リスクの低い投手は5で、高い投手は1。
2の投手は注意して起用し、多くは投げさせない。4の投手は“いいフォーム”を身につけているので、ある程度の球数を投げさせられる。

年間に最大で投げる球数は、5段階のリスクと前年の投球数を踏まえて設定する。それを月別に割り振り、「月間4試合で最大20イニング」などと決めていくのだ。

各試合では、前述した「ゲームアプローチ」のでどこにいるかで登板イニングを決める。

例えば(18)なら試合で2イニングを投げた段階なので、次の登板は(19)の3〜4イニング。どんなに出来が良くても、5イニング目に続投させることは絶対にない。

一方、(20)段階をクリアして「フリー」の投手は「どれくらい投げてもいい」となる。

ちなみに今年4月後半の某日時点では、チームに在籍する12投手のうち4人が「フリー」、(20)が1人、(19)が2人、(18)が2人、(17)が2人、アキレス腱を痛めている=(1)が一人だった。


以上のようにして月別や年間で管理しながら、試合前には出番を事前に伝えて準備させる。割り振りは下記のような具合だ。


・先発:A(1カ月前に伝達)

・初回からブルペンで準備する投手:B

・3回からブルペンで準備する投手:C 、D

・5回からブルペンで準備する投手:E、F、G

・7回からブルペンで準備する投手:H、I


ここで言う準備とは、「ボールは投げなくていいが、スパイクを履いてキャッチボールができる状態にしておく」ということだ。試合展開に応じ、登板する投手はブルペンで肩をつくっていく。

各投手がブルペンで肩をつくった回数と登板数、球数を記録し、月間の合計を管理する。肩をつくっても登板しないケースは時折あるが、1試合で肩を2回つくる投手はほぼいない。
基本的に肩をつくるのは15球以内。荻野によれば、登板数とブルペンでの準備回数はほぼ一致している。

「去年に比べ、今年のほうが肩をつくった回数と登板数が近づいていると思います。うちは無駄球を本当に投げさせません」

公式戦になると準備する投手が増えるだけで、起用法は練習試合と同じだ。
4月の静岡大会は予選を2勝1敗で終えて決勝トーナメントに進めなかったが、12投手のうちアキレス腱を痛めている一人を除き11人が登板した。

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投手の活躍は「起用法」が左右する

全投手を起用しながら勝っていくために、荻野は各投手の力量にあった場面で起用するように努めている。そのために行うのが、大会前に全投手の被打率や被OPS、奪三振など「対バッター」の予測値を算出することだ。

一般論として打たれる確率は打席数を重ねると高まるため、例えば予測の被OPSは2巡目になれば1巡目の数字にプラス1割、3巡目になればさらに1割を加える。


「このデータがどれくらい合っているかわかりませんが、まずは基準にして行っています。もしうまくいかないケースが続いたら、起用基準として見る数字を変えるべきだと思います。データを根拠にうまく起用できれば、起用する側の僕のレベルも上がる。
逆にずっと感覚だけで起用していたら、10年やっても同じミスを繰り返してしまいます


荻野がこうしたアプローチをするのは、「社会人野球に数字を見る文化をもっと浸透させたい」という思いが一つある。そうしてもう一つは、投手たちを活躍させるためだ。

ピッチャーが活躍できるかどうかは、起用法がかなりのウエイトを占めていると思います。こちらが使い方さえ間違えなければ、かなりの確率で抑えられるはずです。だから被OPSを出して、打たれる確率がなるべく少ない場面で起用する。

ピッチャーには『とにかくストライクゾーンに強い球を投げてくれ』と伝え、それさえやってくれているのに成績が出なかったら、こっちの使い方が悪い。だから僕には『なんでお前、ダメだったんだ』という発想は一切ありません。『もっとこういう場面で使えば、活躍させてあげられたのに』という捉え方をして、自信を失わせないようにフォローします。そうして次につなげてもらう」

JFE東日本の投手たちが次々と球速アップに成功している裏には、投手コーチを務める荻野の徹底したマネジメントがある。(敬称略)


※次回に続く

(文・中島大輔)
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著者プロフィール

「Homebase」は、全日本野球協会(BFJ)唯一の公認メディアとして、アマチュア野球に携わる選手・指導者・審判員に焦点を当て、スポーツ科学や野球科学の最新トレンド、進化し続けるスポーツテックの動向、導入事例などを包括的に網羅。独自の取材を通じて各領域で活躍するトップランナーや知識豊富な専門家の声をお届けし、「野球界のアップデート」をタイムリーに提供していきます。さらに、未来の野球を形成する情報発信基地として、野球コミュニティに最新の知見と洞察を提供していきます。

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