【JFE東日本のマネジメント術(後編)】 チーム全員を成長&成功に導く、最強の「チームワーク」構築法
【©BFJ】
※リンク先は外部サイトの場合があります
団体競技である野球では、「チームワーク」が不可欠になる。では一体、チームワークとはどういう定義になるだろうか。
元千葉ロッテマリーンズのクローザーで、現在JFE東日本の投手コーチを務める荻野忠寛はこう考えている。
「チームワークとは、『共通の目標を達成するために、お互いに協力連携しながら相乗効果を導く共同作業』です。みんなでそろって同じことをするとか、相手に配慮して自分の言いたいことを我慢するとか、周りの顔色を見て輪を乱さないように行動するとか、単に仲がいいというのがチームワークではない。チームワークは目的や目標ではなく、共通の目標を達成するための手段です」
前編で紹介したように、JFE東日本投手陣が根幹に置くのは「人権と尊厳」だ。自分と他者の幸せを両立するためにチームワークが不可欠になる。
その上で重要なのは、チームの全員が成長できることだ。荻野が続ける。
「一部の試合に出ている選手の満足度が高く、そうではない選手が文句を言っている状態は『チームワークがいい』とは言いません。
メンバー全員が多くを学び、『このチームにいることによって自分は成長した』と感じられる。そして全メンバーが生かされている。僕は全ピッチャーを使うので、そういう感覚が全員にあると思います」
荻野忠寛 投手コーチ(写真左) 【©BFJ】
教えるのは“0から1”だけ
「1週間に1回練習に行ければ、ピッチャーのパフォーマンスを上げられます」
ここまで言い切れるのは、荻野には「コーチング」という発想がないからだ。
「選手が伸びる環境さえつくれば、選手は勝手に伸びていくと思っています。僕はすべてにおいて“0から1”だけを教えて、『あとは自分で考えて』とやる。
“0から1”は教えないと気づかない。知らないまま終わるのが一番ダメなので“0から1”は教えるけど、あとは一切教えません。もちろん、選手から聞いてきたときにはなんでも答えます」
選手たちが自走するためにまず必要になるのは、「人権と尊厳」という考え方だ。荻野の言う「チームワーク」を構築するためにも重要になる。
また、中編で紹介した“いいフォーム”は物理学と生理学に通じ、「僕には当てはまりません」は絶対にあり得ない。
以上のようなことが“0から1”であり、野球選手として土台になる要素だ。こうした考え方や知識を学んだ後は、自分で考えることで成長につながっていく。
「自走させる」仕組みづくり
「うちのピッチャーは今、本当に自走しています。例えば誰かが遠方のトレーナに教えてもらいにいったら、帰ってきて情報をみんなに共有する。走りの学校でワークを受けたら、『知りたい』と言う選手たちと一緒にドリルを行う。
こういう文化があるチームは、たぶん他にはないと思います。僕が常勤ではなく、試合のときだけしか行かないからできるのかもしれません」
荻野が指導に行くのは試合時のみで、月に15回程度だ。その仕事は“0から1”を教え、投手たちが伸びる仕組みをつくることだという。
例えばキャッチボールの際、各自がどのように行いたいかをホワイトボードで意思表示する。グラフの縦軸に時間(分)、横軸に距離(m)が書かれ、各投手がキャッチボールで行いたい時間と距離の場所に磁石を置くのだ。
例えば「50mを45分くらいやりたい」と示し、近い人とペアになる。
もし「90mを60分やりたい」という場所に磁石がポツンと置かれていたら、投手コーチの荻野が駆り出される。「僕は使われる側の人間。こき使っていいと伝えています」。選手たちが満足のいく練習をできるために、コーチは存在するからだ。
【©BFJ】
球速アップ&「マダックス」で高みへ
それが「JFE東日本ピッチャーの心得」の三つ目に書かれているものだ。
【1球が試合を決める、すべての投球でベストを尽くす】
➢ ストレートの最高球速と平均球速の向上を目指す
➢ FPS(初球ストライク率) 65%以上
➢ 2/3S(3 球以内に追い込む率) 40%以上
➢ 全体ストライク率 65%以上
➢ 変化球ストライク率 60%以上
試合を優位にするには
➢ 自分のコントロールできることに集中する
➢ ストレートでカウントを稼ぐ
➢ 球数少なくアウトを稼ぐ
➢ 2/3S では三振を狙う
➢ 自分の特徴を知る(ピッチャーとしてのタイプは? 球種の使い方は? 球種ごとのストライク率は?)
以上が達成できれば、自然と抑える確率は上がる。そうした指針を設けることに加え、数値を出して成果を可視化しようという狙いがある。
「とにかくスピードを求めてくれ」
荻野は口を酸っぱくしてそう伝え、毎月、最高球速と平均球速をランキングにして投手陣のLINEで共有する。
さらに、初球ストライク率、3球以内に追い込む率、全体ストライク率、変化球ストライク率を「マダックス」と名づけ、毎試合後にランキングを発表。
上位3人にマダックスTシャツをプレゼントしている。上位3人は練習で着用して誇らしげに振る舞う一方、荻野は「あんなヤツに負けていいのか」と前向きに競い合わせ、チーム全体のレベルアップを目指すのだ。
「うちの投手陣は個々が自由に練習するなか、『球速アップ、マダックスのストライク率を高めよう』とみんなが目指しているものがあります。それが改善されていなかったら、自分でどこに問題があるのか考えてよと。これらの数値が上がるように、毎日取り組んでくれというのがピッチャーのルールです」
投手陣全員が目指す先を共有しながら、荻野から“0から1”を学んだあとは、各々が自分で考えて取り組んでいく。どうすれば、目標に少しでも近くづくことができるか。そのためには一人で考えるより、一緒に知恵を絞り合ったほうがいい。そうした協力と切磋琢磨こそ、JFE東日本が求めるチームワークだ。
「うちには個人的な成長と成功に責任を持って取り組む複数のメンバーがいます。複数のメンバーがいるから、他のメンバーの目標達成を心から手伝おうとして『もっとこうしたほうがいいんじゃない?』と教え合う。
チームワークを高めることで個人の能力をはるかに超えた結果が出せるようになるだけでなく、1人では達成することのできなかった高みに到達できるわけです。そうした波及効果を全員に及ぼしていく。こうしたやり方をすることで、チームワークが最大化していくと思います」
なぜ、JFE東日本の投手陣からケガ人がいなくなり、かつ自己最高球速を次々と更新していくのか――。
その答えは、互いを高め合う「チームワーク」を構築しているからだ。(敬称略)
(文・中島大輔)
- 前へ
- 1
- 次へ
1/1ページ