【中学野球部地域移行シリーズ 第4弾(前編)】なぜ部活動を中学から地域に移すのか。新潟県長岡市のキーマンが”本質”を解説

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【©BFJ】

中学野球部の地域移行について各地の取り組みを紹介している本シリーズ。

だが、そもそも「中学部活動の地域移行って何?」「なんで中学校の部活を地域に移す必要があるの?」と感じている人も少なくないかもしれない。

そこで今回、日本中体連野球競技部長を過去に務め、現在はスポーツ庁地域スポーツクラブ活動アドバイザーで長岡市でも部活動地域移行業務を担当する石川智雄さんに背景を解説してもらった。

(前後編の前編)

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「部活動はこの先、持続可能性が少ない」

―石川さんが教育委員会に在籍する新潟県長岡市は中学部活動の地域移行に関し、取り組みが進んでいると言われます。石川さんは部活動の地域移行にいつから携わっているのですか。


石川 部活動の地域移行という話が出る前からです。国は令和2年(2020年)9月、「学校の働き方改革を踏まえた部活動改革」という文書を出しました。その後、新潟県では検討委員会も始まっています。

私はスポーツ庁の「運動部活動の地域移行に関する検討会議」で委員になったので、いろんな動きが見えるようになりました。その情報を参考に検討を進めることができました。


―なぜ長岡市では先に始まったのですか。


石川 当市の教育長は、中学校で部活顧問や管理職の経験があり、通知が出る前から「部活動はこれから先、持続可能性は少なくて社会教育になっていく可能性があるから、何ができるか」を考えていて、平成30年(2018年)に「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」が全国一斉に出たという流れです。


―「学期中は、週当たり2日以上の休養日を設ける。(平日は少なくとも1日、土曜日及び日曜日(以下「週末」という。)は少なくとも1日以上を休養日とする。週末に大会参加等で活動した場合は、休養日を他の日に振り替える。)」「1日の活動時間は、長くとも平日では2時間程度、学校の休業日(学期中の週末を含む)は3時間程度とし、できるだけ短時間に、合理的でかつ効率的・効果的な活動を行う」という内容ですね。


石川 それを受けて、ガイドラインをちゃんと守っているところは練習量が減りました。逆に「もう少しやりたい」という子や、「もう少しやらせたい」という親御さんや、「やりたい子どもの活動の場を設けてあげたい」という先生のニーズもあるから、やりたい子たちが集まってできる場をつくろうという取り組みが令和元年(2019年)にスタート。それで長岡市では少し早めに話し合いが始まりました。


―長岡市全体で“野球クラブ”を1個つくるようなイメージですか。


石川 そうですね。部活動は、土日のうち1日は休みです。
部活動がない土日の1日で、やりたい子がお金を出して、専門的な指導を受けたい人が参加する技術向上のための教室を始めました。顧問が野球経験者ではない学校もありますからね。その後、スポーツ庁から部活動の地域移行に関する文章が出されました。

この長岡市の取り組みはいわゆる”セントラル方式”で、一つしか行っていない教室です。だから、これを持ってそのまま地域移行、というわけにはいきません。

野球だけでなく、いろんな種目が行いました。市が主催で競技団体が主管になったので、会場費は無料にできました。そのモデルを継続しながら今年、継続したいという競技団体に引き継いでもらう形になりました。
部活動と並行して開催するため、部活動は部活動として行いながら、やりたい子は集まってやりましょうという形で競技団体が行うようにしたのです。

「何年かすると部活動は平日も完全になくなる」

―主催を市から競技団体に移行するのはどんな理由があるのですか。


石川 部活動の地域移行は「学校教育から社会に移そう」という動きです。だから競技団体に協力してもらおうということです。

競技団体のガバナンス体制として、中央競技団体は処罰規定なども含めてできていますが、そうしたものを都道府県連盟に「早くつくって」となり出したのは2、3年前です。地域の部活動は市町村単位ですべての制度をつくっていますが、市町村の競技団体がそこまで規定整備などが進んでいる状況ではありません。

例えば市町村の野球連盟でも、ガバナンス規定や処罰規定をつくっているようなところはほとんどないと聞いています。
他の種目の実例としてあったのは、勝利至上主義を考える大人が「周りのチームから優秀な子を集めて強いチームをつくりたい」と動き、逆に優秀な子を引き抜かれたチームの子たちが面白くなくなり、そこのチームがなくなったこと。
目的は競技人口の拡大ではなく、一部のうまくなりたい親と子が集まって満足するためのクラブになってしまうと、スポーツ人口全体が減っていく心配があります。


―部活動の地域移行を進めるには、まずは市町村の競技団体がうまく運営していける体制をつくる必要があるわけですか。


石川 市町村の競技団体にはまだそれだけ運営していくのは難しいので、まずは行政が進めていくのがスタートしてはいいと思います。
個人的には、何年かすると部活動は平日も完全になくなると予想しています。その頃には、市町村の競技団体にもガバナンス体制が整い、そこに完全に任せられるような状態がやがて来ると思います。


―「やがて」とは、どれくらいを想像しているのですか。


石川 今でも、部活動は法的にはまったくやらなくていいものになっています。


―「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」では確かにそうなっていますね。(※参考「教師のための法律相談 〜部活動の顧問,断っちゃダメ?~」 https://book.jiji.com/seminar/limited/column/column-3715/ )


石川 じつは「平日も含め部活動を地域に移行したい」という声も耳にします。部活動の地域移行という話が出たときのさまざまな調査では、現場の声として7割くらいの先生が「良かった。やめたい」、3割くらいが「やりたい」と言っていたのが、年を経るごとに「やりたくない」という先生の割合が増えているようです。全国調査ではないですが、最近のある調査結果では9割近くにまでなっているという話も聞きました。

そうなると、市町村の教育委員会が「平日は週2日にします」「活動時間は17時まで」などと方針を出すことになるかもしれない。

まだ多くがそこまで踏み切れていませんが、令和6年度(2024年度)から「部活動を平日もしません」としている市町村もあります。どこの県が進んでいるというより、それぞれ市町村単位で動いているから実態はどこもつかみにくいのだと思います。


―部活動に熱心な県や市では、地域移行が自分のところに迫っていると想像できないんだろうという印象も受けます。


石川 現場の先生方が一番、理解がまだ進んでいないように感じます。
というのは全中大会(全国中学校体育大会)もあって、今までと変わらない形でまだ部活をやれているから“実態感”がないわけです。

一方、市町村は“絶対に失敗できない”から、ちゃんとした先の情報が見えないとなかなかスタートできない。

現在の学習指導要領には「教育活動の一環として部活動を行う」と書いてあるから、学校も部活動をなかなかやめられないという背景があります。学習指導要領の改訂はおよそ10年に1回なので、次期は令和9年頃ではないかと予想しています。

もし「部活動は平日を含め、学校から地域に早期に移行をする」といったような表現になれば一気に現場の考え方も制度も進みますが、そこはまだ見えません。


―遠くない将来に部活動のあり方は変わるだろうけど、その時期が明確に見えないから現在のままでいる、ということですか?


石川 部活動を地域クラブに移行するとしても、指導者はそんなにいません。一方、部活動でやっていれば、先生方を顧問につけられますよね。

でも、最近の新採用の先生の中には、「まだ学校が部活動をやらなければいけないんですか?」という声もあります。

さらに報道(※)によると、全国の18の都道府県や政令指定都市では2023年と2024年の比較で、教員の志望率が過去最低を記録しています。2023年より増えたのはごく少数です。学生が教員を志望しない理由の上位にも、部活動顧問や長時間労働などが上位を占めています。

(※上記参考記事:朝日新聞DIGITAL「教員の志願者、減少続く 過去最低の地域も 『長時間労働を敬遠』より https://www.asahi.com/articles/ASR9M5450R7DUTIL03B.html )

平日の部活動が一気になくなるかどうかは、先生方の意識も関係するし、学習指導要領がどうなるかも関係してきます。
あとは全中大会がどうなるか。親御さんのニーズとしては、全中大会が開催されているうちは学校単位のほうが出やすいから今のままやってほしいでしょう。

一方で「義務教育の崩壊」という心配も今はあります。それだけ先生になりたい人が少なくなっていけば、質の低下を心配する声も聞きます。

以上のような背景もあり、自治体は方向性を模索しているというのが実情ではないでしょうか。

地域移行のプラス&マイナス面

―石川さんは地域スポーツクラブ活動アドバイザーのプロフィールで、自治体向けのメッセージとして「明確なゴールの姿を描くことが困難。何が正解かも不明。でも進めなければならない自治体が、大切にすることは何かを一緒に考えたいと思っています」と書いています。
ここまで説明してもらったように、おそらく中学部活動は今までのように活動しにくくなるだろうけど、それを明確には言えないから上記の表現になっているわけですか。


石川 はい。長岡市では明確な方針を出しました。とりあえず、学習指導要領がはっきりするまで平日の部活動は継続します。

「長岡市は進んでいる」と言われているけれど、実際に動き出しているわけではありません。令和7年9月から長岡の全市内で、文化も運動も含めた全部の部活を一斉に地域クラブにするという計画です。大会はすべて地域クラブで出ます。
だから平日の部活動に入っている子でも、「中体連の平日の大会に出たければ、地域クラブに入ってください」と。

その方針は、2024年度に入学した中学1年生が中2の9月からスタートするので、入学前にその方針を伝えました。


― 一気にできるわけがないから、今のうちに体制を整えておいでくださいという話ですよね。まったくそう捉えていない人も結構多い印象です。


石川 その通りです。


―「情報がない」という声も結構聞きます。どうしていけばいいですか。


石川 市町村が方針を決めると、説明会をいろんなところで行って広報を始めます。今年の途中からそういう動きになってくるかもしれません。

現場の先生方だけでなく、スポーツ少年団関係者も一部の情報を知っているだけで全体的な部分の理解が進んでいないというのが私の印象です。
その理由は自治体の方針が決まっておらず、説明を受けていないからです。自治体はまだ明確な方向性を出せないから、何も言えないでいる。そういうところがほとんどなんだろうと思います。

一方、早いところでは今年から平日の部活動も含めて地域に移行させる自治体もあるようです。
令和5〜7年(2023〜2025年)には中学部活動の地域移行のモデルとして行なっているところが多く、自治体内の一部の学校や地域をモデルとしてスタートしました。令和6、7年にかけて実証実験が終わると、いよいよ動き出すところが順次出てくる可能性が高いと思います。


―結構すぐですね。


石川 平日の部活動までなくすと踏み切るタイミングは、もう少し先になるでしょう。令和9〜11年(2027〜2029年)くらいでしょうか。

休日は何とかなるけれど、平日は指導者が働いているからなかなか活動日数を確保できないので。「じゃあ夜やろうか」となっても、ナイター施設はそんなにありません。そうなると、活動できても週2日じゃないですか?

でも、いろんな自治体が子どもたちにとったアンケートでは、「活動日数は平日2日がいい」という答えが最も多いと聞いています。
さらに、「平日は学校の部活を行なっていますが、休日は参加したくない」という声もあります。また、「学校の部活は種目が限られるので、休日は異なる種目で大会に出たい」という子もいます。

現状の部活動は平日も休日も同じ種目を行うことが原則です。地域クラブ化が進めば、複数の種目に取り組めるという利点もあります。子どもたちにとって、選択の幅が広がるわけです。

少子化が進むなかでどこの中学も部員数が減っているなか、クラブ化を進めて1チーム当たりの人数が増えると、さまざまな種類の練習ができたり、紅白戦ができるようになったり、他の学校の子と交流できるようになったりするなどプラスの面もあります。

一方で送迎の必要が生じたり、平日の練習日数は少なくなったりするなどマイナス面もある。

指導者をどうするかという課題もあります。そうした点で、自治体は「こうします」となかなか言えないわけです。

全中大会をどうするか?

―自治体が「こうします」と言えなくても、国が方針を決めると、その形で行わないといけなくなるときがいつか来るわけですよね?


石川 以前、小学校の部活動がなくなりました。小学校内での影響が大きかったという人もいます。

そのような経緯もあり、今回の中学校の場合は、まずは「休日から地域移行を進めましょう。スタート時は、行政がしっかり絡んで行ってください」となっているのだと思います。

全中大会の扱いもポイントになると思います。現状、全中大会があるから部活動が不可欠という意識が親も含めてみんなにあると思います。

もし「全中がなくなります」となり、都道府県大会かブロック大会までの開催になり、全国チャンピオンを決めなくてよくなれば、都道府県の中体連はいろんな工夫ができるようになります。


―いろんな工夫とは?


石川 全中があるから、都道府県の代表チームを決めないといけなくなります。チャンピオンを決めなくていいなら、その期間にトーナメントではなくリーグ戦を行うこともできます。あるいはニーズに応じてクラス分けし、交流会をすることもできる。

日本のスポーツの多くは、小学校、中学校、高校の全国チャンピオンをそれぞれ決めるという形式です。そうやって争うシステムだから、負担が重なり故障する選手も出てくる。

しかし一部の種目では、ジュニアからシニアまでの指導方針が一貫しているので、将来の成功を目指す人はジュニアのときは栄光を必ずしも追い求めるわけではありません。そう考えると、野球界のあり方は特別かもしれない。


―先ほど、周りの大人が「うちのチームを強くしたいから、優秀な子を引き抜く」という話がありました。


石川 そういう意味でも、ガバナンスをどうしていくかが課題です。子どもたちは、目の前の大会で勝ちたいと思って必死に努力してもらえればいい。

一方、周りの大人がどういう仕組みにすれば子どもたちにとってより良い環境にできるかを理解さえしてもらえれば、全国大会はあってもいいと私は考えています。

以上が一番大事なポイントだと思っています。

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著者プロフィール

「Homebase」は、全日本野球協会(BFJ)唯一の公認メディアとして、アマチュア野球に携わる選手・指導者・審判員に焦点を当て、スポーツ科学や野球科学の最新トレンド、進化し続けるスポーツテックの動向、導入事例などを包括的に網羅。独自の取材を通じて各領域で活躍するトップランナーや知識豊富な専門家の声をお届けし、「野球界のアップデート」をタイムリーに提供していきます。さらに、未来の野球を形成する情報発信基地として、野球コミュニティに最新の知見と洞察を提供していきます。

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