名門ロサンゼルス・ドジャースの人気復活に貢献した日本人 佐藤弥生氏と語る 『DX時代のスポーツビジネス・ロー入門』

SPORTS TECH TOKYO
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【SPORTS TECH TOKYO】

企業法務とDXの側面からスポーツビジネスをリードする稲垣弘則弁護士が、スポーツ界を牽引するトップランナーを訪ね、日本スポーツビジネスの最前線と未来についてお届けするインタビュー/対談企画。

第5弾は、ロサンゼルス・ドジャースでチーム強化・ビジネスの両面を経験し、現在はスポーツビジネスコンサルタントとして多方面に活躍する佐藤弥生氏をお招きし、これまでのキャリアやビジョン、スポーツと法律の関係性などについて意見を伺った。また佐藤氏が監修、稲垣氏が編著者という形で2022年1月4日に発売された『DX時代のスポーツビジネス・ロー入門』の書籍出版の経緯や狙いついて語ってもらった。

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PROFILE
佐藤 弥生(さとう やよい)
スポーツビジネスコンサルタント
パシフィックリーグマーケティング株式会社 海外事業開発ディレクター

1996年慶應義塾大学文学部卒。アート関連会社で国内外の新進アーティストのプロモーション企画等を手がけた後、半年間のアメリカ単独旅行を経て、東京ディズニーシー建設プロジェクトで通訳として勤務。
2002年ロサンゼルスに移住。2003年ロサンゼルス・ドジャースに1度目の入社。シーズン後退職し、香港ディズニーランド建設プロジェクトにコーディネーターとして参加。2005年に帰米後、3カ月間のイタリア語学留学を経て、アメリカのオンラインゲームタイトルを日本語ローカライズする会社の立ち上げに関わる。2008年ドジャース復帰。2019年シーズン後に退職し、日米でスポーツビジネス関連のコンサルタントとしての活動を開始。2020年開校した開志専門職大学(新潟県)の特別講師も務めている。


稲垣 弘則(いながき ひろのり)
西村あさひ法律事務所・弁護士。2007年同志社大学法学部卒業、2009年京都大学法科大学院修了、2010年弁護士登録。2017年南カリフォルニア大学ロースクール卒業(LL.M.)、2017年〜2018年ロサンゼルスのSheppard, Mullin, Richter & Hampton LLP勤務。2018年〜2020年パシフィックリーグマーケティング株式会社出向、2019年〜SPORTS TECH TOKYOメンター、2020年〜INNOVATION LEAGUE ACCELERATIONメンター、2021年〜経済産業省・スポーツ庁「スポーツコンテンツ・データビジネスの拡大に向けた権利の在り方研究会」委員、2021年〜一般社団法人日本スポーツアカウンティング学会監事、2022年〜スポーツエコシステム推進協議会事務局長。

ディズニーシー経由、ドジャース行き

佐藤さんのご経歴と現在の活動について教えていただけますでしょうか。

佐藤
私の経歴はかなり移り変わりが激しいなので、かいつまんでお話しさせていただきます(笑)。

日本の大学を出てから3年半ほどは、アートパプリッシャーで国内外の新しいアーティストをプロモーションする仕事に就いたのですが、バブルがはじけてアート業界も打撃を受け先行きが不安だなと思い、その仕事を辞めて半年ほどアメリカを1人で放浪しました。

その後、帰国したタイミングが東京ディズニーシーの建設中で、現場通訳の仕事を得ることができました。その建設プロジェクトが終わった後にロサンゼルスに移住し、渡米からおよそ1年後にドジャースに入社し、アジア部という部署でアシスタントのポジションを担当しました。

当時は野茂英雄さんと石井一久さんが先発ローテーションにいたのですが、ドジャースはポストシーズン進出もならずシーズンが終わり、このまま続けるべきか考えていたときに、前職の上司が今度は香港にディズニーランドを作るから来ないかと誘ってくださったので、香港へ行きました。約1年半の建設を経て香港ディズニーランドがオープンした後は、イタリアに3ヶ月ほどプチ留学をし、その後アメリカにまた帰ってきてからは、アメリカのオンラインゲームを日本語にローカライズする事業を展開する会社に立ち上げメンバーとして携わりました。

凄く多様なキャリアですね。そこから、どのような経緯でドジャースに戻ることになったのでしょうか。

佐藤
2008年に黒田博樹さんがドジャースへ入団するのですが、そのタイミングでドジャース時代の上司からまた連絡をいただいてアジア部に戻りまして、日本、台湾、韓国でのスカウティングのコーディネートや選手の育成・サポートプログラムなどを担当することになりました。

その後、ドジャースのオーナーチェンジに伴って組織が変わり、アジア部自体が消滅。そのタイミングで私もクビになるかなと思ったのですが、ビジネスサイドにもチャレンジしてみなさいということでチャンスを貰って、いきなり法人営業の部署に突っ込まれました。法人営業の仕事は新しい経験で面白かったのと、タイミングよく日系企業との契約をとってくることができたので、そのまま2019年まで法人営業の部署でスポンサーのセールスとサービスを担当しました。

2019年にドジャースを退職してからも拠点はロサンゼルスで、パシフィックリーグマーケティングの海外事業開発をお手伝いさせていただいたり、個人でプロジェクトベースで、主にスポーツの分野で日本と海外とを橋渡しする仕事をして活動しています。

稲垣
メジャーリーグの現場でチームサイドとビジネスサイドの両方を経験されている日本人は、私が知る限りではほとんどいらっしゃらないです。アジア部が消滅した時に普通日本人スタッフならやめさせられると思うのですが、そこでビジネスサイドの仕事にアサインされるのも凄いですよね。

佐藤
今でこそドジャースはメジャーリーグで観客動員トップを続けていますが、私がビジネスサイドに異動した前後は閑古鳥が鳴いているような状況で、オーナーのトラブルもあってファン離れが進んでいた時期でした。まだ主にスカウトなどの仕事をしていた頃ですが、新規ファン獲得のアイディアとしてキティちゃんのぬいぐるみがセットになった観戦チケットを1万枚限定で販売する企画を提案したんです。なんとか説得して実施したら、それが取り立てたプロモーションもせずに10日ほどで完売したんです。そのような実績があったので、組織変更の時にチャンスを貰えたのかなと思います。

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様々な領域で活躍されてきた佐藤さんが、スポーツの領域を選ぶ理由はどのようなところにあるのでしょうか。

佐藤
小さい時からスポーツが大好きで、テレビもナイター中継ばかり見ていました。子供が見るような漫画やアニメにはあまり興味がなくて、野球に限らずスポーツ番組が放送されているとずっと見ているような子だったんです。メジャーリーグで働くとは夢にも思っていなかったのですが、高校生でアメリカに1年留学をした時に初めて見たメジャーリーグは凄くインパクトがありました。

メジャーリーグで働くことになった経緯としては、ロサンゼルスに移住して一般的な求職サイトを眺めていた時にドジャースの求人が出ていて、単純に「面白そう!」というミーハー心で応募したんですよ(笑)。

稲垣
メジャーリーグでは弁護士の方々が数多く球団のビジネスサイドで活躍されているので、私もどうにかメジャーリーグで働きたいと思い、色々な人に会いに行ったり推薦してもらったりと手を尽くしたのですが、インターンとして働くことすらできませんでした。ですので、球団で働くことの難しさは肌で感じています。もちろん多少は運もあるかもしれませんが、佐藤さんの英語力やビジネススキルがフェアに評価されたからこそドジャースに求められたのだと思います。

【SPORTS TECH TOKYO】

佐藤さんと稲垣さんの出会いはどのような形だったのでしょうか?

佐藤
2017年、ドジャース・スタジアムで初めてお会いしました。稲垣さんはアメリカに留学中でしたが、ネットワークを凄く上手に広げられていて、その一環でメジャーリーグで働いている日本人がいるということで会いに来てくださって。そこで意気投合してから、コンタクトを取り続けて現在に至ります。

今回『DX時代のスポーツビジネス・ロー入門』という書籍に監修という形で協力させていただいたのですが、ちょうど私がドジャースを辞めて独立したタイミングで、稲垣さんから「スポーツビジネスと法務に関する本を出版するので、アメリカのスポーツビジネスにおけるスポンサーシップの部分で話を聞かせてください」と連絡をいただいたことから始まりました。

稲垣
書籍の中でアメリカのスポーツビジネス、特にMLBの放映権やスポンサーシップの領域について実務に即した内容を紹介したかったのですが、佐藤さん経由であればMLBの現場で実務を行っておられる方々をご紹介いただけるのではと考えて相談させていただきました。また佐藤さんにも、ご自身のご経験を踏まえてMLBの放映権やスポンサーシップの実務についてご教示いただきたいと思ってのオファーでした。

佐藤
当初はここまで深くこの書籍のプロジェクトに関わることになるとは思っていませんでしたが、英語の文献を引用している箇所を私の方でクロスチェックしたり、リサーチが足りない部分を補足したりしてお手伝いしているうちに、気がついたら監修をすることになりました(笑)。

稲垣
日本のスポーツも同じだとは思うのですが、アメリカにおけるスポーツビジネスの状況や動向はネット上の記事を見るだけではわからない部分も多い。書籍の執筆を進めるに当たって現場で実際に活躍している人に話を聞いてみると、記事に載ってる内容と話が全然違うことも多くありました。

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権利は出し惜しみせずに、収益の最大化を

『DX時代のスポーツビジネス・ロー入門』はどんな内容になっていて、誰に読んで欲しい一冊になっていますか。

稲垣
弁護士が執筆する法律関係の書籍はどうしても固い内容になってしまい、ビジネスマンや一般の方は読みづらいのですが、スポーツビジネスについて体系的にまとめられた本は意外と少ないので、この本は弁護士に限らず色々な方に読んでもらえる一冊にしたいと思い、専門的な内容ではありつつもできるだけわかりやすい内容にしたいという気持ちで書き始めました。

スポーツビジネスは放映権や肖像権などの権利を売り買いする権利ビジネスなので、スポーツビジネスに携わる方は法的な知識を身につけ、権利の扱い方を理解しておく必要があります。そのような意味でも、スポーツビジネスに既に関わっている関係者やアスリートに限らず、これからスポーツ領域に関わりたいと考えている経営者、ビジネスマン、学生の方々にとっての入門書的な一冊になってくれたら良いなと思います。

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一般的に、スポーツビジネスと法律はやや距離が離れているような印象もあります。

佐藤
日本は雇用する側と雇用される側、権利を握る側と握られる側の関係が双方向ではなくなりがちです。例えば今まで受身だった選手が、自分自身が行使できる権利や法律について正しく理解することで、チームやリーグに意見したり交渉できるようになる。その方が全体として発展すると思うんですね。

稲垣
スポーツ産業が新しい収益源を模索する中で、選手との関係性は外してはいけないポイントです。選手自身が本来どのような権利を持っていて、それがどういう形で使われているのか。その上で、自分が持っている権利をどう行使するのか。

そのようなベースの知識があれば、エージェントを選ぶ際にもきちんと弁護士資格を持っている人かどうかを注視するようになったり、意識が変わってくると思うんですよね。DXによって選手の肖像権のグローバルな活用も容易になっているので、放っておくと、様々な場面で選手の権利が十分に守られないケースが出てきかねないと思います。

分厚い本ではありますが、特にインタビューのパートは読みやすいので選手の皆さんにも是非読んでいただけたら嬉しいですね。肖像権だったり自分の活動に関わる部分だけでも、知っておくだけで全然違うと思います。

書籍のタイトルには「入門」という文字が入っていますが、読んでいただいた方にどのような読後感が与えられたらと考えていますか?

稲垣
今まで法律の切り口から日本やアメリカのスポーツビジネスについて体系的に書かれた本はほとんどありませんでした。読後感としては、この本を読んだ人がもう少しスポーツに関連する法律や権利について知りたいなと思ってもらえるような、興味を広げる一冊になってくれたら嬉しいですね。

佐藤
この本をきっかけに多くの人がスポーツビジネスと法律の領域に興味を持ってくれて、実際に自分もチャレンジしてみたいと思ってくれる方が増えてきたら嬉しいですし、法律の知識がない方でも楽しめるような読みやすい一冊になっていると思います。

DXというテーマは現在大きな注目を集めていますし、スポーツベッティングやファンタジースポーツ導入の議論も進み始めたこのタイミングで本が出せるのはとても良いですよね。私もドジャースにいたらこのプロジェクトに関わることができなかったと思うので、個人的にもタイミングが良かったなと思います。あとはコロナだからこそ、zoomで海外の有識者やエグゼクティブや日本のスポーツビジネスのキーパーソンに沢山インタビューをすることができた部分も、結果的には良かった。沢山の方の声と思いが詰まった一冊になりました。
権利や契約と聞くとリスクヘッジや守備的なイメージですが、目次にもあるファンエンゲージメントや新しいテクノロジーやサービスなどのテーマについてはどのように本書では扱っているのでしょうか?

稲垣
そうですね、この本では攻めのリーガル・攻めのガバナンスといった視点も打ち出しています。「権利=守るべきもの」という印象が強いですが、私がアメリカのスポーツビジネスの現場で感じたのは、いかに権利を切り分けて売ってマネタイズに繋げるかという視点です。NFLは現在、1日ごとに放映権を切り分けて売っていたりもするのですが、恥ずかしながら本書を執筆するまでは「NFLは一括して放映権を管理していて交渉力が強いから、放映権で多額の収益を得ている」という情報までしか知りませんでした。

もちろんリーグでも放映権を販売するのですが、球団単体でも合理的なスキームで放映権を販売することができる仕組みになっていて、参考にすべき部分が多いなと感じました。権利をうまく切り分けて収益を最大化する攻めのアプローチは、弁護士資格を持っていなくても法律や権利の知識がある方であれば十分に可能です。

佐藤
法律というと「罰則」や「規制」など、ネガティブなことばかりに意識が向きがちですが、権利を活用して色々なことができるんだよと肯定的なメッセージを届けたいですよね。攻めと守りのバランスをうまく取ることで収益の最大化にも繋がると思うので、権利を持っている側は出し惜しみしすぎないことも重要だなといつも感じています。

権利を一括管理して、エクスクルーシブで販売する方法は収益最大化の定石といわれますが、必ずしもそうではない場合もある。先ほどのNFLの事例でもあるように、アメリカではスポーツコンテンツの需要が大きいので放映権含め権利の切り売りが成立していますが、日本もこの先スポーツ市場が盛り上がっていけば、収益を最大化するために多様なアプローチが求められる時期が来るのではないでしょうか。

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最後に、お2人の今後の活動について教えてください。

稲垣
海外のスポーツビジネスに関する一次情報に触れる機会は現状そう多くないので、法律を切り口にきちんとした情報を伝えていく取り組みは今後もやっていきたいですね。産業を大きくしていくためにも、この本に書いている内容を広く伝える努力は必要だと思います。また、実務ベースでは、伝えるだけでなく日本に合う形にしっかりローカライズするところまでやりたいと考えています。

佐藤
ドジャースを辞めた理由にも繋がるのですが、私は日本人でありながらメジャーリーグで貴重な経験を積ませてもらったけれど、ふと日本に目を移すと後進が続いていない現状があって。私も30歳になってからアメリカに渡っているので、それでもできるということを伝えていきたいです。今回は自分の知識やネットワークをもって『DX時代のスポーツビジネス・ロー入門』書籍出版に貢献することができたので、また違う形で世の中に発信していけたらと考えています。


インタビュー・執筆協力:五勝出拳一
『アスリートと社会を紡ぐ』をミッションとしたNPO法人izm 代表理事。スポーツおよびアスリートの価値向上を目的に、コンテンツ・マーケティング支援および教育・キャリア支援の事業を展開している。2019年末に『アスリートのためのソーシャルメディア活用術』を出版。
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著者プロフィール

スポーツテックをテーマにした世界規模のアクセラレーション・プログラム。2019年に実施した第1回には世界33カ国からスタートアップ約300社が応募。スタートアップ以外にも国内企業、スポーツチーム・競技団体、スポーツビジネス関連組織、メディアなど約200の個人・団体が参画している。事業開発のためのオープンイノベーション・プラットフォームでもある。現在、スポーツ庁と共同で「INNOVATION LEAGUE」も開催している。

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