書籍『脱・叱る指導』

「感」を大切にするサッカー指導者・池上正氏 スポーツは楽しい気持ちが根底にあってこそ

村中直人、大利実

【画像提供:カンゼン】

 スポーツ界には未だに怒声や暴言、厳しい叱責を含めた「苦痛を用いた指導」が存在し、社会問題になっている。指導者自身が「叱る」の根本を知り、理解を深めていくことが、子どもたちの心を育てる指導につながっていくと、考える臨床心理士・村中直人氏と野球界を中心に長年、育成世代の取材を続けているスポーツライター大利実氏が共著『脱・叱る指導 スポーツ現場から怒声をなくす』を刊行。今回同書内の特別対談として、村中氏とジェフ市原、京都サンガなどで主に小中学生を指導してきた池上正氏の対談を一部抜粋して公開します。

日本人に足りないのは人権の意識

――スポーツ指導の現場では、未だに「体罰」の問題が絶えません。さすがに暴力をふるう指導者は減っていると感じますが、言葉や態度で選手たちに重圧をかける指導は残っています。「なぜ、体罰は減らないのか?」と問われたら、池上さんはどう答えますか。

池上 私が一番感じる問題点は、日本人の人権意識の低さです。「人権」を知らなさすぎます。日本は、『子どもの権利条約』に批准していますが、実際には子どもの権利が認められていないケースが多いと感じます。うちの娘が小学5年生のときに、林間学校の行事で肝試しがありました。娘は怖いことが大嫌いなので、私から「怖いなら行かなくてもいいんだよ。子どもにも選ぶ権利があるからね」と伝えたあと、娘が先生に言いに行きました。先生の対応は、「じゃあ、行かなくてもいいから、ひとりで部屋で待っておきなさい」でした。

――むしろ、ひとりで待っているほうが怖いかもしれません。

池上 そうですよね、部屋に残っているのが娘ひとりしかいない。「怖がることが嫌い」と話しているのに、「肝試しに参加しなければいいのでしょう」という発想にしかならないわけです。子ども一人ひとりの人権が無視されていることが、体罰にまでつながっているように思います。

村中 今、池上さんがおっしゃった「人権意識が低い」という考えはまったくの同感です。日本で人権の話をすると、なぜか優しさや思いやりなど、道徳の話になってしまうのですが、それは違います。人権とは権利の話であり、権利とは選択の話です。つまり、「あなたには知る権利や、行動を選択する権利がありますよ」ということです。これは、人から聞いた話ですが、「人権が無視される国家では、国民が天気予報を知ることができない」と知って、なるほど、そういうことなのかと納得しました。天気は移動や行動を決定するうえで、非常に大事な情報です。それを国民に隠すというのは、自由に行動することを制限しようとすることです。天気を知れることも、自由に移動できることも、国民一人ひとりの人権が尊重されているからできることなのです。

――当たり前だと思っていることが、じつは人権問題とつながっているのですね。

村中 池上さんの娘さんの話を例にすると、学校側から彼女にいくつかの選択肢を提示してほしかったですね。あるいは、肝試しに何らかの目的があるのなら、ほかのプログラムを用意することもできたのではないでしょうか。子どもに選ぶ権利がないというのは、誰かが「あなたはこうあるべきだ」と行動のあるべき姿を勝手に決めてしまうことになるのです。生徒だからこうしなさい、子どもだからこうしなさい、選手だからこうしなさいと、〝あるべき姿〞を求めすぎている大人が多いように感じます。

――大人側が〝あるべき姿〞を持っているからこそ、そこから外れたときについつい叱りたくなってしまう。

村中 規範から逸脱すると、どうしても処罰欲求が芽生えてきます。ドーパミンが分泌されて、誰かに苦しみを与えたくなる。これは世界中どこの国でも起こりうることで、「脳のメカニズムがそうなっているから」としか説明ができません。こうなると、あとは叱る度合いの問題で、激しくなりすぎると体罰につながりかねない。〝あるべき姿〞が強い人ほど、相手が持っている権利を制限する発想になりやすいのです。

――「叱るを手放す」と考えたとき、大人が子どもの人権を尊重することが、大きなカギになりそうですね。

村中 そうなります。ただ、私は講演会や著書の中で、「人権」という言葉をほとんど使っていません。なぜかというと、「人権=優しさや思いやり」を連想する人が多く、本当に伝えたいことが伝わりにくいからです。代わりに、「子どもの選択肢を奪わないでください」という言い方をしています。チームの練習に参加するのもしないのも、本来は子どもに選ぶ権利があるのです。日々の練習メニューに関しても、子ども自身が選択して、決定できる余地を残すことが重要になってきます。

池上 非常にわかりやすい話ですね。私が小学生向けにやっているプログラムでは、試合相手も場所も、小学生自身で選べるようにしています。何事も、「自分自身でちゃんと選べる」という環境を作っておくことが、非常に重要であるのは間違いありません。

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