久保もターゲットになった人種差別被害 スペインにはびこる悲しい問題の根底にあるものとは?
サナディ獲得のアスレティックに誹謗中傷
ご存じの通り、アスレティック・ビルバオは“バスク純血主義”を貫く、現代サッカー界では稀有なクラブだ。アスレティックでプレーするためには、バスク地方で生まれるか、バスク人の血が流れていなければならない。バスク人の人口がおよそ200万人と言われていることを考えれば、このクラブが一度も2部に降格することなく、ラ・リーガ1部に存続し続けているのは、まさに偉業と言っていい。
前述の条件を満たしながらトップカテゴリーを維持するためには、スカウト網を張り巡らせ、バスク生まれの選手がまだ幼い頃から目を付け、トップチームで通用するレベルにまで自らの手で育てるか、あるいは同じバスクのクラブから引き抜く必要がある。
今回獲得したサナディは、バスク地方のビトリアで生まれ、地元クラブのアラベスで育った。一般のスペイン人にとっては難解なバスク語も話せる。つまり、アスレティックでプレーするための条件を完璧に満たしている選手だ。
今シーズン前半戦は、アラベスからレンタルに出された3部のバラカルドで11ゴールを挙げる活躍。身長192センチの大型ストライカーを、アスレティック・サポーターも大きな期待を持って受け入れた。
ところが、SNSを中心に思わぬ誹謗中傷が渦巻く。
スペインとモロッコの両方の国籍を持つサナディは肌が浅黒く、その外見はモロッコ人に近い。そのため、彼のアスレティック移籍が報じられると、「本当にバスク人? 違うと思うけど」「サッカーチーム? それともNGO?」「アスレティックが外国人選手を補強って、これはニュースじゃん!」といった、ヘイトクライムとも取れる批判がSNS上に殺到したのだ。
念のために繰り返すが、もちろんこれはアスレティック・サポーターからの声ではない。 このクラブではイニャキとニコのウイリアムス兄弟のような「肌が黒いバスク人」がすでにプレーしているし、それはバルセロナでラミン・ヤマルやアレハンドロ・バルデなどがプレーしているのと同じだ。
バレネチェアには「テロ野郎!」の罵声が
久保建英が所属するレアル・ソシエダも、アスレティックやアラベスと並ぶバスク州を代表するチームだ。先日、バレンシアのメスタージャ・スタジアムで久保が相手サポーターから人種差別的な侮辱を受けた一件は、日本のファンのみなさんの記憶に新しいだろう。
ただ、日本で話題になったのは、主に久保に向けられた発言だったが、実際は一緒に試合前のウォーミングアップをしていたアンデル・バレネチェアもそのターゲットになっていた。
久保には「中国人! 目を開けろ!」「おまえは中国人だ!」、バレネチェアには「テロ野郎(etarra)! 爆弾を仕掛けておきながらスペインで生きやがって!」「自分に爆弾を仕掛けて頭の中で爆発させろ!」といった侮蔑の声が飛んだ。
ポーカーフェイスで意図的にこうした野次を無視していた久保だったが、「テロ野郎」の罵声には一瞬動きを止め、わずかに唇の端を持ち上げている。それは幼い頃からスペインの学校で学び、現在はバスクの地で暮らしている久保が、この国で“常識”とされている知識を得ていることが見て取れた瞬間でもあった。
かつてバスク地方には、フランコ独裁政権の弾圧からの解放、さらにはスペインからの独立を目指す民族組織「バスク祖国と自由」(通称ETA)が存在していた。スペイン国王陛下の暗殺を図るなど、ETAによるテロ行為が行われていた時期があったのは事実だが、しかしすでに活動停止が発表され、現在は事実上、消滅している。
メスタージャでのバレネチェアに対する暴言も、そうした歴史を踏まえてのものだ。ETAは消滅したが、バスク人に偏見を持つスペイン人は、今も少なからずいる。