崖っぷちリーガー 徳島インディゴソックス、はぐれ者たちの再起

初めて叱られたエリート・岸潤一郎 独立リーグ1年目で生まれたコーチとの信頼関係

高田博史

「この人について行ったら」

 前期を終えての成績は、34試合に出場し、打率・195、10打点、1本塁打、19盗塁である。

 ミスをしても岸を試合で使い続ける。橋本コーチは内心、「甘やかしすぎだろ」と思っていたが、岸の指導を担当するのは自分ではない。もちろん、将来がある選手であることも理解している。

 だが、ドラフトに関係のない今だからこそ、根本から直したほうがいいのではないか? そう思い、岸を担当していた駒居鉄平コーチ(元・日本ハム)に進言した。

「甘やかしすぎだし、周りの選手は納得してない。センスあるのは分かるけど、成績残してないのに使われ続けるし、ちゃらんぽらんにやってても何も言われない。これじゃチームとしても成り立たないでしょう?」

 しょっちゅう風邪をひいて体調を崩す。それは生活に甘さがあるせいだ。どこかのタイミングで岸を呼びつけ、2人だけの場所で注意しても良かった。だが、周りへの示しをつけるためにも、あえて選手たち全員の前で注意したほうがいいと決断した。

「テツさん(駒居コーチ)も『厳しくしたら辞めちゃうんじゃないか?』って怖さがあったと思うんです。見る選手を被らないようにしていて、岸に期待はしつつも引いて見てたんです。前期、悲惨な成績で打率もついてこない。盗塁ももっと出塁すれば行けるのに、その練習もやらない。もういいかなと思って自分が言っちゃった。中断期間、あいつの練習態度を見てブチ切れたのを覚えてます」

 前期リーグ戦が終わり、後期リーグ戦が開幕するまでの全体練習中、グループごとに分かれて練習していたときに岸の姿が見えなくなった。駐車場に荷物を取りに行っていたらしいのだが、走って帰ってくるでもなく、外野のほうから歩いてグラウンドに戻ってきた。

 周りが唖然とするほど激高している橋本コーチを、誰も止めることができない。

「前期もお前のせいで負けたんだろうが! 打ってもねえのに使ってもらい続けて、さんざんチームの足引っ張って。そんな感じで練習するんなら、もう辞めろ!」

 それまで野球をやってきた環境で、誰かに怒られたことがない。盗塁をしなくなったのは中学時代、「四番なんだから走らなくてもいいでしょ?」と勝手に解釈していたからだ。だが、選手として非の打ちどころのない岸に、誰も何も言わなかった。高校時代も大学時代も、誰にも怒られたことがなかった。

「あいつ、反抗することはないんですよね、いままで1回も。ちょっとムッとするようなこともなくて、ホントに素直に『すみません……』って感じなので。でも、ちょっと落ち着くと、そういうのが出ちゃう。1年目はその性格に対してずーっと定期的に自分がキレて。周りに対してのパフォーマンスってのもあったし、とにかく一番厳しくしましたね」

 そのあたりから岸のことは、自然と橋本コーチが見るようになっていった。コーチとして岸をずっと見守り、練習にもとことん付き合う。自分の思いは岸にきっと通じているはずだ。そう思っていた。

 そんな橋本コーチのやり方を、岸は素直に受け止め、ついていくつもりでいた。どこまでも練習に付き合ってくれる橋本コーチに感謝の気持ちまである。

「球史さんがおらんかったら、正直1年目とか、どこか野球に対して上からだったり、『俺はできる!』みたいな気持ちがあったと思うんです。自主練をしなくてもいい、みたいな甘さが自分のなかにあって。そこのプライドを折ってくれて、しこたま怒られたんで」

 口数が多いわけでもなく、「俺についてこい!」というような親分肌でもない。自分の甘さを厳しく叱ってくれて、最初から最後まで練習に付き合ってくれる。

「この人について行ったら、うまく行くんやろうな……」

 なかなか褒めない橋本コーチだからこそ、逆に信頼ができた。そういう人に褒めてもらえたときはうれしいし、もっと褒めてもらいたくなる。そういう気持ちにさせるコーチだった。

 1年目は盗塁王とベストナイン(外野手)を受賞し、結果を残すことができた。シーズン終了後、選抜チームの一員としてみやざきフェニックス・リーグに参戦している。NPBの若手と直接対戦して「思っていたほどの差はないんじゃないか?」と感じている。

「じゃあ次の1年、勝負を賭けていこうかって。そこでやっと気持ちが切り替わった感じですね」

 来シーズンは、NPBを目指して勝負する1年になる。開幕から全力で行こう。

書籍紹介

【画像提供:カンゼン】

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なぜ独立リーグの虎の穴へと躍進を遂げたのか?
とび職、不動産営業マン、クビになった社会人、挫折した甲子園スター
諦めの悪い男たちの「下剋上」

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