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後半アディショナルタイムの天国と地獄 三笘が頭をかきむしって悔しがった悪夢のドロー

森昌利

魔が差したとしか言いようがないパスで敵に塩を送り…

2-1の後半アディショナルタイムにウィーファーが痛恨のミス。相手の劇的な同点劇をお膳立てする結果に 【Photo by Mike Hewitt/Getty Images】

 その場面、まずブライトンが千載一遇のチャンスをつかんだ。後半27分から出場したブラヤン・グルダが右サイドで見事なタックルを決めてボールを奪い返すと、そのボールをひったくるように、後半40分から出場したマッツ・ウィーファーがドリブルで右サイドを突進した。

 この時、同点を狙って押し上げていたウルバーハンプトンの最終ラインに残っていたのはMFのトミー・ドイルのみ。一方のブライトンはウィーファーの走りに呼応して、右からヤシン・アヤリ、ファーガソン、そして三笘に代わって出場していたフリオ・エンシソが横並びでゴール方向へ走り込んだ。

 4対1。誰もがブライトンの3点目を期待した瞬間だった。ところがウィーファーが体を捻ってクロス気味に出したパスは、左側を走っていた味方3人の誰にも届かず、よりによって相手の最終ラインに1人だけ残っていたドイルの足元に吸い込まれてしまった。

 するとそこから一転して、ドイルが右前方40メートルの位置にいたマテウス・クーニャにロングパスを放った。このボールを収めて、ペナルティエリア内に進出したクーニャが右足を振り抜くと、その前で壁になっていたブライトンのセンターバックコンビ、まずはイゴール・ジュリオの左脇をすり抜け、続いてヤン・ポール・ファン・ヘッケの股もすり抜けてゴールに突き刺さった。

 まるで漫画のような、現実感のないゴールだった。それはグルダのタックルから4対1の状況を作った天国の5秒と、ドイルが2~3歩ステップアップしてロングボールを放ち、ゴールが決まるまでの地獄の10秒。合わせてわずか15秒の出来事だった。皮肉なことに、守るべき時間帯に絶好の得点機を得たことで隙が生まれ、同点弾を許してしまった。

 パスミスというより、魔が差したとしか言いようがないパスだった。ドイルの足元にボールを送り、まさに敵に塩を送った形になって相手ゴールの起点となってしまったウィーファーは、その場に立ちすくみ、頭を両手で抱え込んだ。

 たら・ればの話をすると、2-0のまま勝ち切っていれば、得失点差でアストン・ヴィラを抜き、第9節終了時点とはいえ、欧州チャンピオンズリーグ出場圏内の4位まで順位を上げることができた。2-1でもアストン・ヴィラと勝ち点、得失点差、さらに得点数でも並んでいた。なんとももったいない勝利を逃したわけである。

 試合終了のホイッスルが鳴ると、後半44分にベンチに下がった三笘は両軍選手と健闘を称え合うと、ホームサポーターに挨拶するためにピッチに戻ったが、その際に“なんでこうなるんだ!”というばかりに、思い切り頭をかきむしっていたのが印象的だった。

 試合後に三笘は「終盤のプレーを見れば妥当な結果とも言えます」と気丈に話し始めたが、ここで少し間を開けて「まあ、甘さが出たと思います」と続けて、目の前にあった勝ち点3が1に減った悔しさに唇をかんだ。

 こうなると、死んだ子の年を数えるではないが、前半に打った3本のシュートのうちどれかが決まっていたらと思うのは人情だ。けれども三笘は「いい形が作れていない。もっといい形が作れていたらと思いますが、まだまだです」と言って決定力の向上を誓い、この試合でゴールが出なかったことを引きずりはしなかった。

 ただし最下位に沈むチームであり、相性も良いウルバーハンプトンに試合間際に追いつかれたことに対しては、「2-0で勝てる展開だった。しかし試合をオープンにして相手の良さを出してしまったことはすごく反省しています。統一感もなかったし、集中力も足りなかった」と語って、同点弾が飛び出した時にはすでにピッチを去ってはいたが、ベンチのなかからプレミアリーグの怖さをあらためて実感し、その厳しさを味わった。

絶対的リーダー不在の状況で“店じまい”した采配には疑問が

主将ダンクを欠く試合で、三笘らを下げて経験値の低い若手を投入したのが裏目に。ヒュルツェラー監督(左)の判断には疑問が残る 【写真:ロイター/アフロ】

 心配なのは同点劇の決定的な役割を果たしてしまったウィーファーである。試合終了後もしばらくはたった1人でピッチの真ん中で呆然としながら佇んでいた。まるでカップ戦の決勝で最後のPKを外して味方の負けを決定づけた選手のようだった。

 同点弾が決まった瞬間の怒号はすさまじかった。サポーターは給料袋をすられたように怒り心頭だった。記者席は一般の客席より一段高いところに作られていて、トタン板が一般席との仕切りとなっているが、気性の荒いサポーターが言葉にならない罵声を上げながら、その薄い金属の壁をぼこぼこ殴って、ものすごい音を立てていた。

 まさに戦犯となって、あのものすごい怒りの標的にされてしまうと、オランダ代表にも招集され、大きな期待を背負ってフェイエノールトからブライトンに今季移籍してきたばかりのウィーファーが潰れてしまわなければいいがと、心から心配になった。

 三笘も今回のショッキングなドローには「次の試合がすぐに来るので切り替えて」と言っていたが、ウィーファーの様子については「すごく落ち込んでいて……すぐに切り替えられるかどうか」と話し、24歳MFの精神的ダメージを心配していた。

 もちろん彼は死ぬほど落ち込むだろう。悪夢も見るに違いない。しかし、ウィーファーには歯を食いしばって、ここからしっかりと立ち直ってほしい。

 その一方で、今季からイングランドで指揮を採るヒュルツェラー監督にはこの試合の結果をしっかりと受け止め、肝に銘じてもらいたいと思う。

 試合直後のインタビューではフットボールにはこんなこともあるとばかりに余裕の笑顔を見せ、「勝ち切るには円熟が足りなかった」と話したが、その円熟が足りない選手を起用して、経験が足りないピッチにしたのは指揮官であるヒュルツェラー監督だった。

 ダンクを欠いて強烈なリーダーシップに欠けたこの試合で、2-0となると、リーグ杯、リーグ戦とリバプールとの2連戦がある来週を意識したのか、“もう店じまい”とばかりに、3シーズン目で完全な主軸となった三笘も下げ、経験の足りない若手に試合を預けた。

 もちろん、2点をリードした段階で、ダンクがいたならそういう采配を振るのも分かる。しかしここは、時折常識はずれの熱気が計算外の結果をもたらすプレミアリーグなのだ。しかも相手はほんの少しでも弱点を見つければそこに食らいつこうと必死である。

 今季がプレミアリーグ・デビューである31歳指揮官は、このウルバーハンプトン戦で最後まで気を抜かないことの大切さを思い知っただろう。勝てば英雄になるが、こうした痛いドローの全責任も監督にある。時には戦略、戦術以上に闘志と気合いが試合の結果を左右することになる。

 手痛いドローを喫したブライトンに対して、最後の最後まで諦めない姿勢を見せたウルバーハンプトンは、この試合でガリー・オニール監督の求心力がまだ失われていないことを証明した。今後の巻き返しが期待できそうだ。

 今季で24シーズン目の取材となるが、今さらながらプレミアリーグのフットボールの天国の歓喜と地獄の失望を目の当たりにした、ブライトンの第9節だった。

(企画・編集/YOJI-GEN)

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著者プロフィール

1962年3月24日福岡県生まれ。1993年に英国人女性と結婚して英国に移住し、1998年からサッカーの取材を開始。2001年、日本代表FW西澤明訓がボルトンに移籍したことを契機にプレミアリーグの取材を始め、2024-25で24シーズン目。サッカーの母国イングランドの「フットボール」の興奮と情熱を在住歴トータル29年の現地感覚で伝える。大のビートルズ・ファンで、1960・70年代の英国ロックにも詳しい。

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