パラリンピックを支える器具修理サービス ベテラン技術者が語る熱戦の舞台裏

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チーム力で選手たちを支える

修理サービスは多岐にわたり、中島さんは「ありとあらゆるものを修理しています」と語る 【画像提供:オットーボック社】

 修理サービスは選手村だけでなく、14の競技会場に設置されたサテライトブースでも提供される。中島さんも選手村だけでなく、様々な会場で修理サービスを行っており、取材日は陸上競技が行われているスタッド・ド・フランスを担当。降雨の中の競技初日ということもあって、多くの修理依頼が舞い込んでいた。

 試合前には時間が限定されるなど、プレッシャーがかかる多く場面もあるが、それを乗り越えるのは「チームとして取り組んでいけるのが、自分たちの強みだというのを全員が理解している」と中島さんが語るようにオットーボックの“チーム力”だという。

 ただこの“修理サービス”、一般的なイメージでは、その対象は競技用の車いすや義肢だと捉える人も多いだろう。しかし、オットーボックが提供する修理サービスは競技用の機器に留まらず、“日常用”の機器も対象で、過去大会ではスーツケースやユニフォームのジッパーなどの修理も行ってきた。

 この“何でも屋”な一面について中島さんに尋ねると

「競技用機器の修理というイメージが大きいと思いますが、(その手前に)パラリンピックを成功させるのが1番大きな目的としてあります。この成功というのは、選手のパフォーマンスが存分に発揮されて、それを世界中の人々が見ることだと思っています。そのために、オットーボックを含めた全てのスタッフが何かしらの役割を担っていて、僕たちはそれを競技だけでなく、日常生活の側面でも道具を通じて支える役割を担っている。だから、ありとあらゆるものを修理しています」

“技術の継承”にも取り組みながら

 車いす技術者としてはすっかり“ベテラン”になり、世界中から集まる技術者たちとの連携も大会を重ねるごとに深まっている。東京大会では、自分の工具箱に何が入っているかまで周りに把握されていたという。

「(なぜ工具箱の中身を知っているのか聞いたら)あいつ(中島)はこれを持ってるはずだから借りてこいみたいなことを言われたと。なんで知ってるの?と思っていたら、(同じくベテランの)スタッフが言っていたと。そこまでもう、お互いに知っちゃってるって感じです」

 そんな中島さんはパリ大会に向けて、“技術の継承”という言葉を口にした。実際の現場でも「新しいスタッフが増えて、彼らに修理の方法などを説明する機会が多くなっているので、積極的にやるようにしています」と継承に取り組んでいる。

 初めてパラリンピックに参加したのは2008年の北京大会。技術者として数々の大会に携わる中で感じた変化を尋ねると、選手の人生にパラが占める“比重”が大きくなってきているという。だからこそ、選手たちが最高のパフォーマンスを発揮できるように、中島さんは“チーム”一丸となって選手を、パラリンピックを支えている。

(取材・文:山田遼/スポーツナビ)

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