金メダルでも「不満」を持てる幸せ やり投げ・北口榛花が到達した“究極の高み”

大島和人

女子やり投げで日本人初の金メダルを獲得した北口榛花 【写真は共同】

 北口榛花が2023年の世界選手権に続き、パリ五輪で女子やり投げの金メダルを獲得した。マラソンは高橋尚子、野口みずきと過去の五輪で2人の優勝者を出しているが、「トラック&フィールド」の日本人女性としては初の金メダルだ。

 北口の1投目は65m80とシーズンベストの好記録で、さっそく首位に躍り出た。3投目にジョアネ・ファンダイク(南アフリカ)が63m93、ニコラ・オグロドニコバ(チェコ)が63m68を投げて2位、3位に浮上した。しかしその牙城は最終6投目まで揺るがなかった。

「不満」「不安」の2024年

「もう声が限界に達してきて、いつもより通らないかもしれないですけど、お願いします」

 日本語、チェコ語、英語と3言語で、おそらく二桁に達するテレビ局のインタビューを終えてから、彼女は日本の「ペン記者」の前に姿を現した。チェコ人のコーチに師事し、チェコ語の堪能な彼女は、チェコでも日本と同じように人気者だ。

 2年連続の世界一とはいえ、2024年の北口は苦しみを味わっていた。自己ベストは2023年9月に記録した67m38だが、6月の日本選手権は62m87にとどまっている。6月の彼女は自分への不満をこう述べている。

「今年はしっくりというか、ピタッときたのが1本もありません。ずっとストレス、不満がある状態で試合が進んで、終わることが多いです」

 7月に欧州で開催されたダイヤモンドリーグでやや浮上の兆しを見せ、4年に一度の晴れ舞台で金メダルに輝いた。ただ、彼女から伝わってきたのは喜びより安堵だった。

「記録はそんなに悪くないと皆さん思われたかもしれませんが、自分の中でしっくりくるものが全然なくて……。パリに来てから、あまりいい状態ではないと感じていました。本当にこの状態で金メダルが取れるのか、本当にこの状態で勝負ができるのか、不安がありました。実際に物(金メダル)を手にしたことで、そこから解放された、不安が一気に抜けていったような気分です」

さまざまな思いが入り混じったコメント

自らの記録には不満な様子だった 【写真は共同】

 北口のコメントは安堵感と不満と、達成感が入り混じった、味わい深いものだった。65m80という記録に対する感想はこうだ。

「夢の中では70m投げられていて、もっと投げられると、1投目以降もずっとチャレンジしていました。オリンピックの金メダルを取ったら満足できるものなのかなと思っていましたが、65m(80)ではまだ満足できません。1投目に65mを投げられたら、最後に70mを投げられるでしょうと。自分の中のイメージがあっただけに、70mではなくとも、自己ベストくらいは投げられたと思っています」

 自分への不安を、次への糧にもしようとしている。

「今シーズン最初は『もう頑張れないかも』と思うときがあったのですが、また頑張る理由ができて、すごくホッとしました」

 やり投げは当然ながらパワーの必要な種目だが、北口の投てきフォームは「柔らかさ」が特徴だ。彼女は自らのオリジナリティにこだわり、葛藤を乗り越えた。

「シーズン始めの方に2回くらい身体が動かなくなったりして、何を信じて良いのかも分からなくなったときがあったのですが、オーソドックスなやり投げではなくても、自分は自分の投げ方があると思っていました。今日もここに立つのもすごく不安だったんですけど、最後の最後、アップとかで良い感覚が戻ってきて、それなりに自信を持って臨めました」

 最終6投目の強さでおなじみの北口だが、パリ五輪の決勝は1投目がベストだった。彼女はその背景をこう説明する。

「1投目にいつもの6投目ぐらい集中して臨んで、思ったより飛んでホッとしました。走るスピードを速くしようとしたら最初の足踏みから助走に入るタイミングがちょっと早い、テンポが早いと気づいて、焦らずに助走をしようとして、その通りできました」

 一方で2投目以降に記録を伸ばせなかった理由はこう分析していた。

「投げられると思ってしまったから、身体が力んでしまったり、動きのタイミングが少し早くなったりしていました。行けると思ったとき、もっと冷静に判断しなければいけません」

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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