元代表主将・山村宏太がバレー男子アルゼンチン戦を解説 「どんな展開でも諦めずに巻き返す力は“本物”」

田中夕子

石川の手をグーにしたブロックの背景にあるのは

まだ全開とは言えない石川だが、手をグーにしたブロックを効果的に使うなど随所に輝いた。次のアメリカ戦では、無双状態のエースの姿が見られるか 【Photo by Clive Brunskill/Getty Images】

 選手が考えて動く、という点で言えば、この試合のなかでは何度か、石川選手が相手の攻撃をブロックする際、手をパーではなくグーにして跳ぶシーンがありました。その後、途中出場の宮浦健人選手も同様にグーにしていました。

 なぜそうしていたのか。おそらく事前にあのようなシチュエーションになったら、相手選手が手のひらや指に当ててワンタッチを取ってくる、というデータがあったからです。

 僕の記憶では、ネーションズリーグで深津旭弘選手が同様に、相手が手のひらや指を狙ってワンタッチを取ろうとするのを防ごうとグーにしていたのが最初です。石川選手や宮浦選手はそれをまねていたのだと思いますが、そもそも試合に向けて、戦術戦略はスタッフが考えている。そして相手の特徴を選手たちに伝える。僕も昨シーズンまで(2024年5月の黒鷲旗まで)4シーズン、監督を務めていたので、まさにそれが僕の仕事でもありました。

 この選手はこういうシーンではブロックに当てて出してくることが多いよ、という情報をスタッフが与え、それに基づいて試合のなかで最後に決断するのは選手です。

 あの場面でブロックをグーにしたのが石川選手の判断だったとしたら、きっと石川選手のなかでは事前のデータや、アタッカーと対峙した瞬間に「指を狙ってくる」と判断して、グーにした。とはいえ、もしもグーにした手にボールが当たってしまったら、指先を狙って打たれるよりもはるか遠くに飛ばされてしまう可能性もあるので、「指先を狙ったブロックアウトは取られない」というメリットはあるけれど、一方でデメリットもある。石川選手はそれも理解したうえで、あのプレーを選択していたはずです。

 もちろんブロックだけではありません。日本代表は、ブロックとレシーブが連動したディフェンスも武器の1つ。後ろで守る選手たちも、石川選手が指先を狙われないように手をグーにして跳ぶならば、まず「手のひらにきれいにタッチしたボールが飛んでこない」と頭に入れることができる。そのうえで、じゃあ相手はどうしてくるか。ブロックタッチが取れないならば空いたコースを抜こうとするかもしれないからここを守ろう。ブロックの後ろにフェイントを落とすかもしれないから、そこをフォローしよう。一人ひとりが「自分はこうしたいからこうした」と勝手なプレーをするのではなく、選択肢を減らして、シンプルな状態で約束事を遂行できている。

 あのブロックは1つの例であり、「石川選手がやっていたから自分もやろう」とまねして多用するようなプレーではなく、あくまでオプションの1つ、駆け引きの1つですが、それを重要な局面で使い、プラスにすることができる。それこそが、日本代表の強みでもあるのです。

 いよいよ次戦は1次リーグ最終戦、アメリカ戦です。アメリカは初戦でアルゼンチンに3-0で勝利し、ドイツとのフルセットを制し、2勝している強豪です。準々決勝に進出するためには、各グループの上位2位、もしくは各グループの3位のなかで上位2つに入らなければならず、日本以外のグループも非常に混戦となっているので、1セット、1ポイントが次のラウンドにつながる。大事な一戦です。

 アルゼンチン戦はミドルブロッカーの小野寺選手が大活躍でしたが、アメリカ戦はどうなるか。ここまでまだ本調子ではないように見える石川選手がここで一気に爆発して、無双状態とも言える活躍を見せたら最高ですね。アルゼンチン戦でも爆発の兆しは見られました。

 少なからぬプレッシャーを背負いながらの戦いで、石川選手には思っている以上に重圧がかかり、本来の力を見せつけられていないのかもしれませんが、プレッシャーから解放されて、まさに無双の活躍で勝利をもたらすことができたら、チームにとっても石川選手にとっても決勝トーナメントへ向けたプラス要素でしかない。勝ってほしいし、勝ちにいってほしい。アメリカ戦も楽しみです。

(企画・編集/YOJI-GEN)

山村宏太(やまむら・こうた)

1980年10月20日生まれ、東京都出身。筑波大を経て強豪サントリーに入社し、2メートルを超える長身ミドルブロッカーとしてVリーグで活躍。大学時代に初選出された日本代表でも長く主力を担い、2008年北京五輪に出場したほか、キャプテンも務めた。2017年の現役引退後はサントリーのコーチとなり、2020年に監督に就任。2024年5月に勇退するまでの4シーズンで、チームを3度リーグ優勝に導いた。

2/2ページ

著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント