「若き苦労人」が個人総合で金メダルを獲得 20歳・岡慎之助の勝因と日本体操のこれから

大島和人

パリで「強くなった」

中国勢との点差は「着地1つ」で覆りかねない微差だった 【写真は共同】

 岡はあどけなさすら感じる童顔で、優しさが漂う「愛されキャラ」だ。体操は世界的に小柄な選手の多い競技だが、岡の身長は150センチ台。それでも高1の上京時からは20センチ近く伸びているという。

 団体のキャプテンを務めた萱和磨、エース橋本は能弁なタイプだが、岡は言葉数も決して多くない。記者とのやり取りでも「はにかんだ表情」「照れ笑い」を頻繁に浮かべる若者でもある。

 しかし、その言葉に耳を傾けると、勝負師としての自負、気の強さもにじみ出ていた。団体総合の優勝を決めたあと、岡はこう口にしている。

「この緊張感の中で、何かすごく『楽しめてるな』と感じました。ゾクゾクした感じが楽しく感じて、自分がまた1個強くなったなと思います」

 個人総合の優勝後も同じ「強くなった」というワードを口にしていた。

「ケガをしてからきついトレーニングもあったけれど、パリが自分の中に軸としてあった。それがあったからここまで来れました。(個人総合の優勝で)一つ強くなったなって思います」

 以前から大会では緊張するタイプを自認する彼だが、それを重荷とせず、「楽しめる」メンタリティが大舞台で彼を輝かせた。苦労人であるにもかかわらず演技の前後は笑顔が多く、テレビで見ていたファンの中にもそんな様子に惹きつけられた人がいるだろう。

「強くなった」と述べる一方で、自分の演技に満足した様子はまだなかった。銀メダル・張博恒とは0.233差、銅メダル・肖若騰とは0.468差と僅差だったこともあり、中国のライバルと並んで登壇した記者会見ではこう述べている。

「今日の演技を振り返ったとき、自分はめっちゃいい演技ができたわけではないです。この2人の選手の方が完成度は高いと感じました。張博恒選手は床の失敗がありましたけど、そこから気持ち切り替えて、最後まで演じ切って強いなと思いました。自分も中国勢を超える質を出して、完成度を上げて、もっとレベルアップしていきたいと思います」

「4年後のロス五輪で勝てるように」

今度は岡が橋本から「追われる」番になる 【写真は共同】

 男子体操は日本の「お家芸種目」だ。パリ五輪はこれで団体総合、個人総合の金メダルを両獲りしている。団体総合は2004年のアテネ五輪から金3度、銀3度と常に好成績を残していて、個人も内村航平、橋本も含めて日本勢がこれで4連覇となっている。

 6位で個人総合を終えた橋本は岡の優勝を称えつつ、自らが経験した「追われるものの苦しみ」を冗談めかして語り、4年後への抱負も述べていた。

「(岡)慎之助選手はこの3年間おそらく誰よりも悔しい思い、苦しい経験をしてきました。ケガをしてもオリンピックチャンピオンになれたことは、次世代にもいい影響を与えます。彼も僕からの急な仕上げに、ちょっとキツい思いをするかなと思うんですけど……(笑)。今大会の代表を争った全員で、4年後のロス五輪で勝てるように、次の世界選手権も勝てるように、強い日本がさらに強くなるようにみんなでともに戦いたい」

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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