町田が苦戦の東京クラシックを乗り越えて首位堅持 J1最少失点を支える「DTSトリオ」の働き

大島和人

ドレシェヴィッチ、谷、昌子の3人が町田の堅守を支えている 【(C)FCMZ】

 FC町田ゼルビアは試合に勝っても「思ったほど強くない」「内容はこちらが上だった」という感想をよく聞くチームだ。ボールの保持率が相手を上回ることは滅多にないし、シュートの本数とスコアの不一致もよく起こす。ただしボールは持たせても、シュートは打たれても、結果をもぎ取るのが町田のサッカーだ。

 まずフリーでクロスやラストパスを出させない。危険なエリアは閉じていて、仮に侵入させてもフリーにはしない。最終的にシュートを打たれても「本当に危険なコース」を消しているーー。町田の選手は愚直にそういった「保険」をかけていて、だからボール保持率やシュートの本数で下回られても、ゴールの数は上回る試合が多い。

薄氷の勝利だった東京V戦

 7月15日の東京クラシック(東京ヴェルディ戦)に限れば、そういった勝ち方との違いが見て取れた。危険な場面が多く、本当にギリギリで、薄氷の勝利だった。

 町田は6分、鈴木準弥の右クロスから藤尾翔太がファーサイドに飛び込み、オウンゴールを誘って先制する。しかし幸先のいいスタートを切った後は、東京Vがショートカウンターなどから決定機を相次いで迎える前半だった。

 東京Vの城福浩監督は試合後の会見でこう述べている。

「前半の決定機を振り返ってもらえれば、僕らは3点取れたと思います。それを決めきれない我々がいました」

 後半の東京Vは松橋優安、見木友哉、森田晃樹、木村勇大といった攻撃のカードを次々と切り、「中央でつなぐ」プレーを増やしてさらに攻勢に出た。町田もカウンターのチャンスがあり「一方的な展開だった」とまでは言えないが、どう考えてもGK谷晃生(たに・こうせい)の好セーブがなければ無失点では済まなかった。

 公式記録に記載されたシュート本数は町田が5本で、東京Vが13本。山見大登は1人で7本を放ち、そのうち3,4本は得点に直結する決定機だった。

 黒田剛監督は試合をこう振り返る。

「後半は3枚替えも含めて、息を吹き返して前からプレスに行けるようにメンバーを替えていきましたけども、かなり疲弊(ひへい)が早かった印象です。後半はヴェルディさんのテクニカルなサッカー、またはパスワークがしっかり出てきました。我々がそこで粘り、守勢になりながらも1点をしっかり死守することが、次のゲームにつながっていくーー。選手全員がそれをしっかりと捉えて、志向してくれたゲームでした」

 リスクを抑えた試合運びで耐え、1点を守って勝ち点3をもぎ取った。そこに限れば町田らしさが出た試合だ。一方でJリーグの公式サイトが発表している両チームの走行距離は町田が113.9キロで、東京Vは117.3キロ。スプリントの回数も東京Vが上だった。町田がここまで走り負ける展開は今季初で、そこは「らしさ」を出せなかった部分だ。

主将、監督が絶賛する守護神・谷晃生

谷が相次ぐ好セーブで試合を救った 【(C)FCMZ】

 しかし町田は守備陣の身体を投げ出すシュートブロック、GKのシュートストップで相次ぐピンチを凌いだ。この試合に限ったことではないが、特に谷のプレーは圧巻だった。

 キャプテンの昌子源(しょうじ・げん)は試合後の囲み取材で、自分に言い聞かせるように「勝ってよかった」と3回、4回と漏らしていた。その上で劣勢の背景と勝因をこう語っている。

「後半(の東京V)はキーパーも含めてつなぎに入って、少しのズレを突いてきました。特にボランチのところを簡単に使われるシーンが多かったです。そこから少しダウンせざる(最終ラインを下げざる)を得ない展開がありました。ただ町田のシュートブロックがよく当たっていましたし、(谷)晃生に関してはもう『さすが』の一言です」

 谷はこう口にする。

「ウチの選手はゴール前でよく身体を張りますし、シート打たれる寸前までしっかり寄せてくれる。コースが限定されますし、自分も判断しやすい状況ではありました」

 黒田監督は「定位置」「聖域」を作らず、先発やベンチ入りの入れ替えをこまめに行う指揮官だ。しかし谷は出場停止の試合を除くと、すべて先発で起用されている。彼も町田の最後尾を守る23歳をこう称賛していた。

「やはり堂々としていますね。色んな駆け引きができて、我々が落とし込めないようなことまで、彼の感覚の中で持っていて、これもすごくありがたいです。これまで何のストレスもなく、彼を起用し続けられています。練習に取り組む姿勢も、言葉がけも、立ち振る舞いも本当に誠実だし、他のキーパーの模範となります」

堅守の決め手はクロス対応

CB、フィールドプレーヤーとの連携が谷を生かしている 【(C)FCMZ】

 今季の町田は23試合を15勝4分け4敗の勝ち点49で終えていて、失点はリーグ最少タイの「17」だ。先制した試合に限ると「13勝1分け」で、そういった試合運びも強みだろう。東京V戦に限れば違う部分もあったが、リードした後に「守りつつ主導権を明け渡さない」戦いができている。

 さらに第23節終了時点で、クロスボールからの失点が1つもない。クロスボール対応は谷の強みで、同時に全体の堅守を支えるポイントだ。

 谷はハイボールの捕球能力が高く、しかも「ボールにチャレンジする」「自重する」といった判断の精度が高い。ボールの弾道だけでなく相手の特徴やマッチアップもすべて織り込んだ判断ができる「戦術眼の優れたGK」だ。ゴールから離れたら必ずボールに触るという信頼感が、DFライン全体の安定感につながっている。

 これについて黒田監督はこう補足する。

「クロスのキャッチ、セーブ数はJ1でトップと聞いていますが、彼がクロスに対応しやすいようなDFの配置ができています。2つ3つと選択肢があったら彼も迷う状況が出ますけど、思い切って行きやすい選択肢が持てるような連携が功を奏している印象です」

 シュートブロックについても、後ろに谷がいること他の選手のプレーに違いが出る。昌子はこう述べる。

「全部が全部、僕らがシュートブロックしなくていいと思えるGKです。『絶対に俺がブロックしないといけない』と思って足を出して股を抜かれたら、GKは(視野が狭まって)取りにくくなるじゃないですか?だけどコースを3分の1だけ消しておけば『残りは晃生が止めるやろ』という安心感がありますね」

深まる「DTSトリオ」の連携

ピッチ内のコミュニケーションも活発だ 【(C)FCMZ】

 さらに谷とDF陣の連携は、試合を重ねるごとに深まっている。開幕直後は昌子のコンディションが上がらず、またイブラヒム・ドレシェヴィッチも黒田監督の方針にそぐわない「軽い」プレーが多かった。しかし町田は直近の5試合をわずか1失点で切り抜けている。

 昌子はこう説明する。

「皆さんが聞こえてない部分が多いと思いますけど、試合中はかなりコミュニケーションを取っています。もちろん褒めるときもあるし、喝というか怒るときもある。僕や晃生はイボ(ドレシェヴィッチ)に英語でずっと話しかけています。彼も僕らに言ってくれます。瞬時のことなので『ライト』『レフト』『ビハインド』と単語を伝えるだけでまったく違います。だから僕ら3人は、クロスの前には常にかなりいい準備はできています」

 昌子、谷は短期間だがヨーロッパでのプレー経験がある。最低限の英語力があり「外国籍選手」の気持ちも理解している。ドレシェヴィッチは圧倒的な能力、スキルを持つ選手だが、一方で町田のサッカーは彼がスウェーデンやオランダ、トルコで経験したものとは大きく違うはずだ。短期間でチームに馴染んでいる背景には谷、昌子のこまめな声掛けがある。

 右CBのドレシェヴィッチ、GK谷、左CB昌子の「DTSトリオ」こそが、町田の堅陣を支えている。

「負けてもおかしくない試合」を勝った意味

残り15試合に向けて、東京V戦は弾みがつく結果だった 【(C)FCMZ】

 6月26日のヴィッセル神戸戦も、やはり劣勢の展開をしのぎ、0-0で勝ち点1をもぎ取った試合だった。試合後にキャプテンの昌子源はこうコメントしている。

「こういう傍から見ると負けてもおかしくない試合を、勝っていかないといけません。オウンゴールでも、ポロッっとしたゴールでも、格好悪くても……。長年Jリーグで上にいるチームは、こういう試合を勝っているんです」

 J1は「戦力格差」が極端に小さいリーグだ。有望選手がヨーロッパに移籍することで、「個による差別化」が難しくなり、同時にチームの熟成も妨げられる。だからこそJ1初挑戦の町田が首位に立つような変事も起こる。一方的なスコアで決着する試合も稀だ。

 当たり前のプレーを徹底できるか、ギリギリで身体を張れるかーー。そういった積み重ねが勝ち点「0」と「1」「3」の差となり、最終的には1位から20位の差となる。

 町田が完成したチームかといえば断じて違う。若手が多く、試合運びや試合に臨む姿勢にはまだ「伸びしろ」を残している。15試合を残して2位・ガンバ大阪と勝ち点5差という戦績は見事だが、これからは未知の世界が待っている。昌子を除くと、J1の優勝争いを持つ主力選手もいない。だから「勝ち方」がチーム全体には浸透していない。

 東京V戦はそんな町田が「負けてもおかしくない展開を勝ち切る」という成功体験を積んだ、今後につながる試合だった。
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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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