森合正範著『怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ』

“流血”の井上尚弥が演じた熱狂の12ラウンド 激戦を終えた直後の抱擁とドネアの宣言

森合正範
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「みんな、井上と闘うなら今しかない。来年、再来年になったらもっと化け物になる」
2013年4月、井上尚弥のプロ3戦目の相手を務めた佐野友樹はそう叫んだ。

 それからわずか1年半、世界王座を計27度防衛し続けてきたアルゼンチンの英雄オマール・ナルバエスは、プロアマ通じて150戦目で初めてダウンを喫し2ラウンドで敗れた。「井上と私の間に大きな差を感じたんだよ……」。
2016年、井上戦を決意した元世界王者・河野公平の妻は「井上君だけはやめて!」と夫に懇願した。
WBSS決勝でフルラウンドの死闘の末に敗れたドネアは「次は勝てる」と言って臨んだ3年後の再戦で、2ラウンドKOされて散った。

 バンタム級とスーパーバンタム級で2階級4団体統一を果たし、2024年5月6日に東京ドームでルイス・ネリ戦を控えた「モンスター」の歩みを、拳を交えたボクサーたちが自らの人生を振り返りながら語る。第34回ミズノスポーツライター賞最優秀賞に輝いたスポーツノンフィクション『怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ』から2019年11月7日に開催された井上尚弥vs.ノニト・ドネアの戦いを一部抜粋して公開します。

【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

vs.ノニト・ドネア
(フィリピン)
   第1戦 2019年11月7日 埼玉・さいたまスーパーアリーナ 12ラウンド 判定3-0
   井上の戦績 22戦全勝19KO

約束のトロフィー

 開始のゴングが鳴った。

 大歓声が波のようにリングに押し寄せてくる。

 出だしから井上の動きがいい。スピードでドネアを上回る。

 2回2分過ぎ。試合が大きく動いた。

 強打を誇るドネアの左フックが井上の右目にクリーンヒットした。まさに「閃光」の如く、井上の右目上を大きく切り裂いた。

「あっ!」

 コーナー近くで見ていた植田は衝撃の一撃に声が漏れた。

 井上にとって、アマチュア・プロを通じて初の流血。しかも傷が深かった。だが、傷よりも右目の眼球にダメージを負い、ドネアが二重に見える。このとき、井上にはある考えが舞い降りてきた。
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