森合正範著『怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ』

ガードの上からでも「心が折れた」パレナス わずか“4分20秒”で仕留めた井上尚弥のWBO初防衛戦

森合正範
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「みんな、井上と闘うなら今しかない。来年、再来年になったらもっと化け物になる」
2013年4月、井上尚弥のプロ3戦目の相手を務めた佐野友樹はそう叫んだ。

 それからわずか1年半、世界王座を計27度防衛し続けてきたアルゼンチンの英雄オマール・ナルバエスは、プロアマ通じて150戦目で初めてダウンを喫し2ラウンドで敗れた。「井上と私の間に大きな差を感じたんだよ……」。
2016年、井上戦を決意した元世界王者・河野公平の妻は「井上君だけはやめて!」と夫に懇願した。
WBSS決勝でフルラウンドの死闘の末に敗れたドネアは「次は勝てる」と言って臨んだ3年後の再戦で、2ラウンドKOされて散った。

 バンタム級とスーパーバンタム級で2階級4団体統一を果たし、2024年5月6日に東京ドームでルイス・ネリ戦を控えた「モンスター」の歩みを、拳を交えたボクサーたちが自らの人生を振り返りながら語る。第34回ミズノスポーツライター賞最優秀賞に輝いたスポーツノンフィクション『怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ』から2015年12月29日に開催された井上尚弥vs.ワルリト・パレナスの戦いを一部抜粋して公開します。

【写真:ロイター/アフロ】

vs.ワルリト・パレナス
(フィリピン)
2015年12月29日 東京・有明コロシアム 2ラウンド 1分20秒 TKO
WBO世界スーパーフライ級王座初防衛
井上の戦績 9戦全勝8KO

300万円のファイトマネー

 練習はカルモナ戦と比べ、熱が入った。

 だが、やりきってはいない。阪東にはやはり物足りなさがあった。

「ウォズは、けがではないんだけど、体を気にして少しセーブするところがあった。本当はもっとやりたかったんだけど、そこまでやってしまうと、痛がったり、本当にけがをしてしまう可能性もある。じゃあ、このままの練習でコンディションを合わせていこう、作戦だけ練っていこうとなったんです」

 井上は拳に不安がある。1年ぶりで試合感覚も鈍っているだろう。だから、パレナスは最高のコンディションでリングに上がる。前に出ながら、井上の右のパンチをおでこの硬いところで受け止めれば、井上は再び右拳を痛めるかもしれない。そして、パレナスの威力ある右を当てる。できるだけ長期戦に持ち込もう。いくつかの作戦が2人の間で共有されていた。

 試合を翌日に控えた2015年12月28日、東京・九段下のホテルグランドパレスで計量が行われた。パレナスはリミットから400グラムアンダーの51.7キロでクリアした。これで試合が成立する。陣営はファイトマネーの300万円をパレナスに渡した。これまで手にしてきた額より一桁多い。

 そのとき、阪東は思った。

「彼にとっては相当な額。試合前に心が満たされたら困るな」

 だからこそ、改めて諭すように言った。
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