井口資仁『井口ビジョン』

30歳でのメジャー挑戦とギーエン監督との出会い 井口が手に入れた2つのチャンピオンズリング

井口資仁

心遣いとメリハリを教えてくれたギーエン監督

 僕が監督になった時、大いに参考にさせてもらったのが王監督、そしてギーエン監督でした。ギーエン監督がどんな人物なのか、少し紹介したいと思います。

 ベネズエラ出身の元遊撃手で、1990年の日米野球にはメジャー代表として来日した親日家です。尊敬する選手はサダハル・オウ。監督室よりクラブハウスで選手やスタッフらと会話する時間の方が圧倒的に長く、ジョークが大好き。時に正直すぎる発言が問題になることもありましたが、それを上回る愛嬌の持ち主で、自らチームにポジティブな雰囲気を作り出していました。僕のことは「グーチ」と呼び、僕は「オジー」と呼んでいます。

 オジー自身、ベネズエラから渡米してメジャーまで積み上げた過程には、言葉や文化など様々な苦労があったようです。だからこそ、日本からやってきた僕に目を掛けてくれたのかもしれません。僕が現役引退した時はわざわざ動画メッセージを寄せてくれました。動画は満面の笑みを浮かべたオジーが「スミマセーン」と切り出してスタート。僕がシカゴにいた頃、通訳を介さずにコミュニケーションを取りたいと買った日本語学習教材で、最初に覚えた言葉が「スミマセン」だったのです。

 誰彼なくフレンドリーに接するギーエン監督ですが、仕事にプライベートは持ち込まない毅然とした態度をとっていました。野球のことになるとジョーク好きの顔は消え、真剣かつ真摯な姿勢で取り組む。このメリハリは王監督と通じるものがあり、僕も持っていたいと思う監督としての資質です。

トレードで得た新たな仲間と刺激

 メジャーで過ごした4年は、野球選手として、そして人としての深みを増す時間になりました。日本でプレーし続けていれば、シーズン途中のトレードや戦力外通告を経験することはなかったでしょうし、ベテランになるまで控えに回る経験もなかったでしょう。確かに、経験した当初はプライドが傷つけられ、自分の価値すら疑ったこともあります。ただ、その痛みを知ると知らないとでは、その先の未来に広がる景色はまったく違うものになるでしょう。

 契約延長の話を始めようとした矢先に起きた2007年の電撃トレード。骨折したフィラデルフィア・フィリーズの正二塁手チェイス・アトリーの代役として求められているというのです。シカゴが大好きでしたし、ホワイトソックスでずっとプレーしたいと思っていたのに、「お前は不要だ」と言われた気がして涙が流れました。この時はまだ、メジャーにおけるトレードの意味を理解していなかったのです。

 トレードされた夜、親しくしている寿司屋の大将に「優勝するために井口が必要だって言われるなんて最高だろ。認められた証拠だ」と尻を叩かれました。その通り、日本のネガティブなイメージとは違い、メジャーではトレードされるのは価値を認められた選手であり、むしろポジティブなこととして捉えられていたのです。

 フィリーズでは元近鉄などのチャーリー・マニエル監督が両手を広げて迎え入れてくれ、アトリーの戦列復帰後、僕が控えに回っても「うちには最高の二塁手が2人いる」と評価し続けてくれました。新たな仲間は、前年に本塁打王と打点王に輝いたライアン・ハワードや2008年ワールドシリーズMVPのコール・ハメルズら若くて勢いのある選手たち。彼らと繰り広げる優勝争いではホワイトソックスの時とは違った刺激を味わえました。

 マニエル監督、そしてパット・ギリックGMがどれほど高く評価してくれていたのか。それを痛感したのが2008年、サンディエゴ・パドレスから戦力外通告を受けた時です。6月に右肩を脱臼した僕は2か月後に戦列復帰したものの調子が上がらず、シーズン最終盤の9月1日に戦力外となりました。その数日後、掛かってきた電話の主はマニエル監督とギリックGMでした。優勝争いを制するために必要な戦力だと言ってくれたのです。

 地区優勝したフィリーズはポストシーズンを勝ち上がり、ついにはタンパベイ・レイズを下してワールドシリーズで優勝を遂げたのです。しかし、僕が戦力になれたのはレギュラーシーズンの最後の1か月だけ。期限後の9月に加入したため、ポストシーズンの出場資格がなかったのです。それでも、選手たちの総意で「一緒に戦った仲間」としてチャンピオンズリングを届けてくれたことは、大きな誇りとなっています。

書籍紹介

【写真提供:KADOKAWA】

 高校では甲子園出場、大学では三冠王と本塁打新記録。

 プロ野球では日本一、メジャーリーグでは世界一を経験し、ロッテ監督時代は佐々木朗希らを育てた。

 輝かしい経歴の裏には、確固たる信念、明確なビジョンがあった。ユニフォームを脱いで初の著書で赤裸々に綴る。

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