連載:サッカーIQと野球脳

強豪ENEOSを率いる名将・大久保秀昭が語る 野球に求められる賢さと“野球脳”の鍛え方

西尾典文

ENEOSの大久保監督がイメージする賢い選手とは──。現役時代は巨人、DeNAなどで活躍し、引退後は侍ジャパンのコーチも務めた仁志敏久氏(中央右)の名前も 【写真は共同】

 今やスポーツ界では様々な数値が瞬時に計測され、「データの活用なくして勝利はない」とまで言われる時代になった。野球界もそれは例外ではなく、プロ球団はもちろん、アマチュアでも専門の分析担当者を置いているチームが少なくない。選手がこうした時代に対応するには、純粋なアスリート能力だけでなく、これまで以上に「頭脳=考える力」が重要になってきそうだが、ならば野球に求められる賢さとはなんなのか。いわゆる“野球脳”を鍛える方法はあるのか? アマチュア球界でトップの実績を誇る指導者、社会人野球ENEOS野球部の大久保秀昭監督に、そうした疑問をぶつけてみた。

「2」を導く計算式は1+1以外にも

 現役時代は、桐蔭学園、慶応大、日本石油(現ENEOS)と、アマチュア球界の名門チームで常に中心選手として活躍してきた。捕手として出場した1996年のアトランタ五輪で銀メダルを獲得すると、その年のドラフト6位で近鉄に入団。5年間プレーした後、球団職員を経て指導者へと転身した。

 ENEOSでは監督として史上最多となる4度の都市対抗野球優勝を飾り、また大学野球では母校・慶応大を率いてリーグ優勝3回、明治神宮大会優勝1回という実績も残した。

 誰もが認めるアマチュア球界きっての名将である。

 そんな華々しい経歴を持つ大久保秀昭監督は、データの導入にも積極的だった。慶応大の監督時代には、当時の林卓史助監督の進言もあって、いち早くボールの回転数などの数値を計測し、パフォーマンスの向上につなげている。

「助監督の林が、こういうものがありますよと言ってきたんですが、自分もすごく興味があったので、すんなり受け入れられましたね。おかげでスピードガンの数字が同じでも回転数は全然違うことが分かりましたし、リーグ戦で相手打者を抑えるにはこれくらいの回転数が必要なんだと、明確な目標を設定することもできました。東京六大学野球ではリーグとして早くから回転数の計測機器を導入し、そのデータを共有していたので、他大学のピッチャーとの比較も可能でした。

 そういうものが出てきたら、活用しない手はないですよ。打球速度などのデータも同様です。以前はああでもない、こうでもないと悩みながら感覚に頼っていたものが、今は数字で見られるようになった。効率良くパフォーマンスを上げやすい時代になったのは確かだと思います」


 こうしたデータの活用に加え、最近では山本由伸(ドジャース)がやり投げの動きをピッチングに取り入れたり、バッティングでも以前とは異なるアプローチで長打を狙うようになったりと、これまでにない新たな方法論を取り入れている選手、球団も増えている。そうした取り組みに消極的、あるいは否定的な指導者もいるが、大久保監督自身はどう感じているのだろうか。

「ピッチャーもバッターも結果としてパフォーマンスが上がればいいわけですから、新しいやり方が出てきたなら、どんどん試してみればいいと思います。そういったことに対する抵抗感はまったくないですね。極論、特殊に見える打ち方をしていても塁に出てくれればいい。それに、これまで埋もれていた選手が、自分に合った確かな方法論を見つけて成功を収めるケースもあるわけですし。

 もちろん、今までのやり方で超一流になる選手もいます。だから指導者として一番いけないのは、1つの形がすべてだと信じ込み、状況に応じて変化ができないことじゃないですかね。“2”という答えを出すのに“1+1”しか計算式がないと思ってしまう。でも結果が2になればいいんだから、“3-1”でも“2×1”でもいいわけです。そういう考え方の柔軟性は必要だと思いますね」

ベストボールを投げることにこだわらない

ENEOSや慶応大を率いて輝かしい実績を築いてきた大久保監督は、データの導入にも積極的だった。「効率よくパフォーマンスを上げやすい時代になった」という 【写真:西尾典文】

 社会人野球でも都市対抗野球の中継ではトラッキングデータが紹介され、また侍ジャパンの候補選手たちが合宿中に計測したデータが公開されるなど、今や技術レベルの向上とデータは切っても切り離せない時代だ。

 しかしその一方で、そういった目に見える数字を伸ばすことだけが、野球のすべてではない。大久保監督が強調するのは、状況における“考える力”の重要性だ。

「データを活用してより良いボールを投げる、ホームランやヒットを打つ確率を上げるというのも当然重要です。ただ、それだけを追い求めていても試合に勝てるわけではありません。例えば足の速いランナーが一塁にいて、ここからいろんな仕掛けができるのに初球を簡単に振ってアウトになってしまうとか、ランナー三塁の場面で、転がせば1点入るのに打ち上げてしまうとか、そういうことではベンチも困るんです。

 ピッチャーも同じで、相手打者の特徴や置かれた状況を考えず、自分のベストボールを投げることだけにこだわっていては、抑えられるものも抑えられない。簡単に言えば状況判断になると思いますが、試合の中で今、自分が何をするべきかということをちゃんと理解し、実行できる力も必要です。打球速度の速いバッターばかりを並べても勝てないのが野球ですし、そこがこのスポーツの面白いところでもありますよね」


 冒頭でも述べたが、大久保監督はアマチュア時代から名門と言われるチームでプレーし、プロの世界も経験している。そうしたキャリアの中で、いかにして現在のような柔軟な思考は養われたのだろうか。

「高校時代は土屋(恵三郎)監督にたくさんのことを叩き込まれましたし、すごく細かい野球をやっていたと思います。ところが大学に進むと、当時の前田(祐吉)監督は簡単に送りバントはしない、どんどんホームランを狙えという方だったんです。最近はだいぶ変わってきましたけど、あの時代(1990年代初頭)の大学野球でそういうスタイルだったのは慶応と高橋(昭雄)監督の東洋大くらいでしたね。

 それに前田監督は、当時からピッチャーにはツーシームとか動くボールを投げろとよく言っていました。あの頃はいかにきれいな回転のボールを投げるかということばかり言われていましたけど、要は打ち取ればいいという考え方なんですね。特にスピードがあまりないピッチャーには、とにかくボールを動かせと。アメリカに遠征も行きましたし、そういうところでいろんな方法論を学び、実践していたんだと思います」


 試合に勝つこと、良い結果を残すことが何よりも重要であり、そのために何をすべきかを考える。そうした思考は、学生時代にタイプの異なる2人の指導者に出会ったことで磨かれたと言えそうだ。

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著者プロフィール

1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究し、在学中から専門誌に寄稿を開始。修了後も主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、AERA dot.、デイリー新潮、FRIDAYデジタル、スポーツナビ、BASEBALL KING、THE DIGEST、REAL SPORTSなどに記事を寄稿中。2017年からはスカイAのドラフト中継でも解説を務めている。ドラフト情報を発信する「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも毎日記事を配信中。

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