パリ五輪を引き寄せたなでしこ「欧州組司令塔」の活躍 北朝鮮の特徴を逆手に取ったプレーで勝利に貢献

大島和人

狙い通りだった2点目の形

藤野あおばのゴールが試合を決めた 【写真:ロイター/アフロ】

 前後だけでなくサイドでの「距離感」も良かった。上野真実(サンフレッチェ広島レジーナ)と藤野あおば(日テレ・東京ヴェルディベレーザ)の両シャドー、長野と長谷川の両ボランチがサイドに寄ることで、ウイングバックも含めたユニットができる。布陣の均整は崩れるが2人目、3人目の動きで打開する「崩し」は出やすくなっていた。北朝鮮にとっても誰が誰を見るのか、どこまでついていくのか悩ましい状況が生まれていた。

 日本は外や後ろにも散らしつつ、相手を揺さぶって「ここ」という場面では縦に刺した。長野は言う。

「相手選手はミスマッチ(相手と立ち位置の合わない、ズレた状態)が苦手という分析もあったので、私たちは相手が落ちて食いついてくるのか、相手のボランチが……というのを見ながら、うまくスペースを見つけられました。縦に当てたら、そこに大体ガンと強く来る。1個目は強いけど、(中盤に)落として次のボールというのが、相手の選手も苦手としているところだったと思います。1戦目はとても苦戦しましたけど相手のシステム、どこでボールに強く来るかがしっかり分かった。それを今日の試合に、上手く生かしました」

 77分に生まれた藤野の2点目は、まさにチームが狙いとする形だった。藤野がセカンドボールを拾って中盤に下げると、長野は1タッチで右サイドのスペースに展開する。長野は藤野に食いついてきた左CBの「裏」を的確に突いた。

 本来ならゴール前を固めるべき他の選手がサイドのカバーに回るが、3人目のCBは清家貴子(三菱重工浦和レッズレディース)についていたため、後方から走り込んだ藤野に対応する選手が残っていなかった。清水が1対1の状況からゴールライン際をえぐり、浮き球のクロスを送ると、藤野はもう合わせるだけだった。残り15分で2点差をつけ、日本はパリに大きく前進した。

 長野は2点目の場面をこのように振り返る。

「出したらまたもう1回ボールに関わることは、常にみんな意識してやっていました。私がすごくずっとイメージしている形、常に(イメージしている)という形だったので、それを体現できて良かったです」

 日本は81分に失点を喫したものの、無事に2-1で試合を終えた。

パリ五輪で金メダルを獲るためには?

熊谷はさらなる課題を口にしていた 【写真:森田直樹/アフロスポーツ】

 日本サッカーは男女とも「海外組」が増えている。長野は160センチ、長谷川は158センチと小柄なMFだが、揃ってサッカーの母国イングランドのビッグクラブで活躍している。そのような経験値があるからこそ、準備期間が短い中でも、ピッチ内で正解を出せる。リバプールとマンチェスター・シティの2人が、司令塔として難しい試合をよく仕切っていた。

 キャプテンの熊谷はこう述べていた。

「正直初戦は上手く行ったと思っていないけれど、引き分けたのが大きかった。我慢する時間もあった中『ゼロ』で抑えて、今日は0-0でシンプルに試合に入れた。移動もあって(練習できたのが)2日しかなかった中、長いことやっていなかった3バックに変えても、これだけの相手に合わせて修正できるところは自分たちの強みだなと思っています」

 パリ五輪開幕まで5カ月弱。昨夏のW杯は準々決勝でスウェーデンに敗れてベスト8にとどまったが、池田太監督や選手が口にするパリ五輪の目標は金メダル。それを本気で目指すならば、まだ高めなければいけない部分が多い。

 熊谷はこのチームの中でも2011年の世界一、12年の銀メダルを経験している唯一の選手だ。彼女はこうも口にしていた。

「本大会では2回戦える試合って多分ないので。いかに90分の中で、ピッチの中で変えていけるようになっていくかが、すごく重要なのかなと思います」

 選手たちは中3日で難題に対する解答を出し、北朝鮮を倒してパリ五輪出場を決めた。ただし世界一を目指すならば試合中に、90分以内で答えを出せるレベルに到達しなければいけない。もちろん、それは簡単なことではないのだが――。まずはこの勝利を喜びたい。なでしこジャパンは「もっと難しい課題」に挑戦する資格を得た。

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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