黒田監督が語る町田のJ2制覇とJ1昇格 「高校とプロは違う」の声にはどう応えたのか?

大島和人

ネガティブな声を結果で黙らせる

「ネガティブな声」も監督の耳に入っていた 【スポーツナビ】

――開幕前は黒田監督の就任に対して「高校サッカーとプロは違う」という意見が優勢で、順位予想も町田はJ2の7番手か8番手でした。開幕後も「こんなサッカー」みたいな言われ方を途中までされていました。それは負けず嫌いの黒田監督の闘志に火をつける言葉かもしれませんが、周囲のネガティブな声をどう受け止めていましたか?

 いっぱい聞こえていましたし、決していい気持ちのものではないですしね。この世の中のSNS事情について、特に規制できるものでもないし、何ら気にするわけでもありませんが、そんな中でそういうことを言ってくる人たちの気持ちはよく分かります。ただ育成年代とはいえ、勝つためにとことん細部にこだわり、色んな試行、準備し得てきたものは決して無駄にならないと思っていました。「勝者のメンタリティ」にプロとアマチュアの垣根はありません。勝利から逆算したときの準備力、アプローチの仕方はそんなに大きく変わるものではない。そこを信じてやっていました。

 高体連、高校サッカーがあまりにも軽視されていることについては、色々思うところもあります。ただやってきたものを信じて、覚悟を決めて、結果で黙らせるしかない。自分たちが良い意味で想像を超えていくしかない――。そういう思いでしたね。

 そこで負けず嫌いの本能に火がついたところもあったでしょう。別に多くのことを考えたわけじゃないですけど、SNS等でさまざまな意見を言っていた人は、今どう思っているんでしょうね(苦笑)

――黒田監督もSNSはご覧になるんですか?

 よく知り合いから「こんなこと言ってるよ」って送られて来るんです。正直「知らないのによく言うなぁ」とか「勝負の世界を全く分かってないなぁ」とか思いながら笑って見てましたよ。

「何でもできる」ことの重要性

ホーム最終戦後にはサポーターと優勝の喜びを分かち合った 【(C)J.LEAGUE】

――青森山田の監督をされていた時代は「何でもできるサッカー」というワードを好んで発信されていました。町田でもシーズンの途中から「ボールを持って崩す」スタイルにも挑戦していました。来季のJ1を戦う上で、こういう要素を新たに付け加える……というビジョンはいかがですか?

 ベースはベースであるとして、来シーズンはクオリティーの高い、J1仕様の選手たちがやはり(移籍で)入ってきます。そして既存の選手たちもJ1の基準に少しずつ慣れていく。それによってJ1として機能するチームにはなっていくと思います。相手のクオリティーも上がる中で、我々のクオリティーも上げなきゃならないし、トレーニングでそういった必要性は出てくるでしょう。

 今季の町田も勝ち点3を取るために、あえてやりたくないこともやった側面があります。「町田がJ1に行っても通用しないよ」という声もあるかもしれないですが、我々も変わりますから。やれることはまだまだ増やしていけると思っています。

――J1とJ2でスタイルの違いは感じますか?

 J2は上手いサッカーを志向することよりも、強度、堅守速攻、切り替えの早さに舵(かじ)を振った方が、勝ち点を稼げる傾向があります。ただ状況に応じてボールを動かせて時間を作れることも必要です。そこにリスタート、堅守速攻、できるだけ高いところでボールを奪って奇襲攻撃をかけていくことも含めて、すべてを武器にできれば相手がどのような特徴を持ったチームであっても対応できる。そこはすごく重要だなと思っています。

 理想の追求は時として「仇(あだ)」となるのです。リーグで勝っていくためにはチームとして「何でもできる」ことが重要なのです。

長丁場を生き抜くための「割り切り」

――「やりたくないこともやった」というのは具体的にどの部分ですか?

 チームでいえば後半の秋田戦(10月14日)ですよね。かなり空中戦、エアバトルが多い展開でしたけど「あえてそのステージで戦おう」と割り切りました。我々がやりたいサッカーではなかったし、あえて中盤も排除するゲームプランも覚悟して臨みました。やはり予想通りの展開になったし、相手はディフェンスの背後を突かれてラインを後ろに下げられることが嫌だったはずです。その中で球際、リスタート、ロングスローで上回り、我々が早くセカンドボールやリバウンドを拾い、ゴールに近づいていく――。そこを志向して、選手たちも割り切ってやってくれました。まさにリバウンドから狙い通りの2ゴールでした。

――エリキ、デューク、藤尾翔太、平河悠を欠いた中で2-1と勝利した試合です。

 チームを構築するに当たって、そういった割り切りもしながら勝ち点を上げることが、1シーズンの長丁場の中で生き抜く術だと思っています。自分たちの理想をすべて貫いて勝ち続け結果を残すのは正直難しいと感じています。

「市民にとってかけがえのないチーム、失いたくない存在」になる

18日の優勝パレードは原町田大通りを市民、サポーターが埋め尽くした 【写真は共同】

――黒田さんは北海道生まれで、青森がいわば第二の故郷ですけど、コメントで「町田市」に触れることがよくあります。「クラブと町田の関係」についてどうご覧になっていますか?

 サッカーのくくりで言うと、町田市にはポテンシャルがあり、幼少の頃からサッカーをよく分かっている人が多い地域です。ただ地方からすると「東京には何回も来るけど、町田は来たこともない」というのが実際の感想・印象でした。23区に入っていないので、ちょっとした疎外感があるかもしれない。ただそんな町田を「J1でこんなに盛り上がっているんだ」と羨まれるような街にしていきたいですね。

 こうやって勝ち星を上げて、もちろんフロントサイドの努力もあって、駅付近もゼルビアブルーできらびやかになってきています。これがサッカーによる街の盛り上がりです。今こそ市民の皆さんが、町田に住んでいることを誇らしく思えるような、そういう地域になるチャンスだと思います。

 「野津田は遠い」と言っても、他にアクセスが悪い中でお客が入っているJ1クラブはあります。そこに魅力があって勇気や感動、希望が与えられるなら、協力してくれる人も増えるし、街の人たちはみんな観に来ます。この1年間の中で観に来ていただける人が少しずつ増えて、ホーム最終戦は1万人を超えました。清水戦や磐田戦は「他力」があったけど、金沢戦は相手のサポーターがあまりいない中で1万を超えてきた。

 市議会でもJ1昇格に対応した補正予算が組まれて、ロータリーを改修するとか、バスの本数を増やすとか、道路を拡張するとかっていう話もされているそうですね。行政を含めて皆がそこに着目し、みんなが動き出し、全国のファン・サポーターが何万人と町田に来る。行政を含めて、みんなの動き出す瞬間が、こういう昇格のタイミングだと思います。

 FC町田ゼルビアこの町田市民にとって、もうかけがえのないチーム、失いたくない存在になりたい。共に生まれ、または一緒に生活をしていく――クラブがそんな身体の一部になりたい。それが私の一つのミッションだと思います。私が町田にいる以上は、そういった爪痕(つめあと)を町田市に残したいと思っています。

<後編につづく(明日掲載予定)>

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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