この3年、田中恒成が目指してきたボクシングとは 「もっと大きな舞台で今の自分を表現したい」

船橋真二郎

人との会話の呼吸がボクシングにも生きた

村田大輔トレーナーが素手で構える的を正確に捉える 【写真:船橋真二郎】

――井岡戦の翌年の1年は、自分のYouTubeチャンネルなどで、ボクサー含め、いろいろな人と会ってましたよね?

 そうですね。とにかく人と会ってました。そうやって人の輪が広がったのもあるんですけど、YouTubeだけじゃなく、日常から週5くらい誰かと外食してたし。

――目的というか、何か理由があって?

 うーん……。やっぱり、ボクシングから興味が離れてた時期というのもあったし。あとはYouTubeとか、人に会うこともそうなんですけど、苦手だったんですよね。他人にまったく興味なかったし。でも、やらず嫌いはやめて、やりたくないな、会いたくないなとか、苦手なことでも何でも経験して、自分を変えようと思って。よかったですよ。他人に興味が出てきたんで(笑)。

――そうやって、いろいろな人の話を聞いて、会話をして、ということが、ボクシングで相手の気持ちが分かるようになってきたこととつながるところもありませんか?

 めちゃくちゃあります。そこで学んだと思ってるんで。ほんとは(笑)。あ、今、こんなことを思ってるな、つまらないんだろうな、あ、この話は興味あるんだな、この話はやめたほうがいいな、とか。いろんな場で、いろんな人に対して、繊細に読み取れるようになって。どうやって心をつかむかを考えたりとか。

――そういう相手との呼吸を測ってのやり取りがボクシングにも生きた。

 はい。打ってきたパンチに反応して、ガードする、距離で外すことから、今度は打たせる前、打ちそうだなっていうタイミングを読んで、先にバックステップしたり、逆に距離をつぶしたりして、打たせもしない、力を出させないとか。

――相手を見て、反応する、先に動く。昔も相手を見てなかったわけではないでしょうけど。

 いや、まったく見てなかったです(笑)。相手がいて戦うのに、見えてなかったというか、着目もしてなかったんで。相手がどう来るか、もちろん考えないわけではないけど、自分のやりたいことを優先してっていう自分勝手なボクシング。だから、ハマればいいけど、そうじゃないときは力で押し潰すっていう。まあ、試合でよくあるパターン。それをやりたかったわけじゃなく、そうなってました。自分勝手だからこそ。

――今の目線で過去の自分を振り返ったら。

 スパーリングでもそうです。相手に力を全部出させて、それを上回るみたいな。スパー相手によく言われたのが「速かった」「強かった」。人生で一度も「やりにくかった」「力を出せなかった」と言われたことがなかったんで(笑)。そう言わせるのを目標に。

――その目標はどうですか?

 言われた経験はあります(笑)。まあ、ここ1年ですね。すごい時間かかっちゃいましたけど、今はもうガードを高くとか意識もしてないし、攻めなくてもペースを取る、パンチを出さなくても主導権を握るとか、何もしてないような時間に、その空間をどう支配するか、みたいなことも意識するようになってきてるんで。

新たに手に入れた武器

2023年5月、「新たな武器」という鮮やかなカウンターでパブロ・カリージョに10回TKO勝ち 【写真:ボクシングビート】

――井岡戦後の4試合の中で、カリージョ戦は自分のやりたいボクシングに近いですか?

 まあ、ある程度ですけど、試合をコントロールして、技術面でも出せたと思うし、今までの中ではいちばんよかったと思います。

――試合後の囲みでも訊いたんですけど、4回に左ボディを効かせて、ここから徹底してボディを攻めて、仕留めに行くのかと思ったら、丁寧に上下を打ち分けたり、じっくり崩しに行って。そこは今までと違うところでしたよね。

 そうですね。今までの俺なら、あそこからボディで潰しに行ってたと思うけど。スパーリングでもあるんですよ、ボディを効かせた、どんどん行く、でも、徹底的に(ボディを)守られるんで、意外と(相手に)回復されて、詰め切れずっていうのが。特に相手のレベルが上がったら。そこでガツガツ行くだけだと逆にもらったり。当てさせると元気づかせるじゃないですか?

――そうですね。

 いかにもらわずに相手の気持ちも下げさせながら、ガードが下がったところを上にまとめて、またボディに入れてとか、うまくダメージを与えたほうが倒せたり、ストップできたりするんで。あのときはコーナーで(畑中清詞)会長も「恒成、もう行くよな」みたいな感じになったんですけど、俺と大輔さんの判断は「まだ丁寧に行こう」「そのほうが倒せる」と。そういうのが頭では分かっててもできなかったんですけど。

――その前の橋詰戦、シッキボ戦では最終的に攻撃の軸がボディになって。そこだけを切り取ると前とあまり変わらないんですけど、その中にも頭の位置を変えたり、ポジションを変えたり、ディフェンスの意識が見て取れました。内容的にまた一歩、進んだというか。

 まあ、橋詰さんはリーチのあるサウスポーだし、特にシッキボは距離が全然違って(20センチ近いリーチ差があった)、詰めなきゃじゃないけど、今までのスタイルみたいな感じにはなって。その中で少しは出たけど、「ほんとは俺、もっといい感じでできるのに」とか思いながら(笑)。でも、あれはあれでいいんですよ。あれが俺の勝ち方だから。

――試合では、これで勝てるというものを惜しみなく出していくのが正しいですよね。

 正しいですね。自分の武器を出す。もちろんディフェンスは大切だから、両方意識するけど、ディフェンスやらなくちゃ、技術を出さなきゃじゃなく、すべてフラットにして、必要なものを出す。まあ、俺の勝ち方でいちばん多いのはレフェリーストップなんですよね。あとはボディで倒す、ボディを効かせて、相手が止まったところを連打で防戦一方にさせるとか。

――確かにイメージが浮かびますね。

 それも自分の武器だし。で、相手を見て、相手を読めるようになったからこその新たな勝ち方がカウンター。カリージョ戦の最後(最終10回)はタイミングを測って、ほんとに狙ってたし(相手の右をかわしながらの右でよろめかせ、レフェリーストップを呼び込んだ)、新しく自分が手に入れた武器ですね。攻めるだけじゃなくて、ディフェンスから生まれる攻め。カウンターで効かせたのは初めてなんですよ。

――そうでしたっけ……?

 いや、ほんとに。自分で(これまでの試合を)たどったこともあるんですけど、全部たどってもなかったです(笑)。

――カウンターで効かせたのは初めてと聞くと意外ですけどね(笑)。

 木村翔(現・花形)さんをグラッとさせたのが、カウンターと言えばカウンターですけど。

――ああ。序盤(2回)に木村選手の左フックに左フックを合わせた。

 自分の中ではブロック、リターンのイメージで。狙ったというよりは……。

――流れの中で?

 うん。流れでしたね。カリージョには狙ってました。スパーリングでもどんどん打ってたし。ほんとになかったですね、カウンターって。なんか、あれだけ勝ってたから、過去の自分も実力はあったと思うけど、こうして言葉にして振り返ったら、やっぱり、なんで自分が勝ってたのか分からないですね(笑)。

――今は突出したスピードとか、持っていた高い能力をより生かすことができるプラスアルファを身に着けたことで、自分をもっと表現できるようになったということでは?

 でも……。シッキボ戦、カリージョ戦、言い方は悪いですけど、俺にとっては大した試合じゃないから。まだ自分を表現できる場ではないです。

――世界戦とか、もっと大きな舞台、大きな相手に対して。

 そうですね。なんだろう。テンションが上がる? 本気になる? そうなろうと思わなくても燃えてくるような大きな舞台で、今の自分をもっと表現したいですね。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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