角田裕毅の今季ドライビングを検証 進化を鈴鹿で魅せるか

柴田久仁夫

元来のアグレッシブさに『好機を待つ』能力が養われ、勝負強さを増している角田。母国・鈴鹿でそのたしかな成長を見届けたい。 【Red Bull Content Pool】

 3年目のF1シーズンを戦う角田裕毅は、ここまでいくつかのレースで高い評価を得てきた。では具体的に角田のドライビングは、どう進化しているのか。いくつかの鍵となるレースを振り返りながら、検証してみよう。
 今季のアルファタウリAT04は、開幕戦バーレーンGPから戦闘力のなさを露呈した。最高速でライバルたちに大きく劣り、コーナリングでは挙動が不安定。つまり直線でもコーナーでも遅い車だった。フロア下で充分なダウンフォースを発生できていないことは明らかで、それをカバーしようとウイングを立てるとドラッグが増えて直線スピードがさらに落ちる。そんな悪循環だった。

 それでも角田は14、16番手からスタートした序盤2レースを、いずれも11位まで挽回してチェッカーを受けた。開幕戦バーレーンはアレックス・アルボンを最後まで追い回すが、最高速に勝るウイリアムズを捕まえきれなかった。

 第2戦サウジアラビアは逆に、明らかにペースの勝るハースのケビン・マグヌッセンに追われる展開。猛攻を二度にわたって防いだものの、終盤にかわされ11位に終わった。さらにクラッシュの相次ぐ大荒れの展開となった第3戦オーストラリアも11位と、ノーポイントのレースが続いたが、角田の走りはAT04の非力さをハンデと感じさせない力強いものだった。

 昨年までの角田は、マシン戦闘力のなさをカバーしようとするあまりのオーバードライブで、マシン限界を超えてコースオフ、クラッシュということが何度かあった。それが今季は状況の好転を待てるようになり、結果的にミスの減少につながったといえる。

 1周でも早く、1台でも前に、という気持ちは、言うまでもなくレーシングドライバーの本能だ。角田も昨年まではそんな熱情のまま戦ってきた印象だが、今季はそこに落ち着きが加わったように感じる。兄同然に慕っていたピエール・ガスリーが去り、チームを引っ張る自覚が出たこと、マリオ宮川氏が新たに加わって精神面でのサポートも受けられていることが、ドライビングに好影響を与えているようだ。

ライバルからも一目置かれる

マリオ宮川氏は、ジャン・アレジや小林可夢偉のマネージメントを務めた人物。経験豊富なマネージャーは、角田にとって心強い存在となっているようだ。 【Red Bull Content Pool】

 今季初入賞を遂げた第4戦アゼルバイジャンも、進化を感じさせた1戦だった。8番グリッドからのスタートでやや出遅れ、メルセデスのジョージ・ラッセル、アストンマーティンのランス・ストロールにかわされてしまう。これまでの角田なら、たとえ相手がトップチームといえども、抜かれたら抜き返そうとムキになったことだろう。しかし、ここではムダな争いは避け、10番手を守ることに徹する。そこからはマクラーレンのオスカー・ピアストリとチェッカーまで延々50周近く、攻防を繰り広げた。

 中盤には何度もサイド・バイ・サイドのバトルが繰り返されたが、一歩も引かずに10位を守り切った。後日ピアストリが「純粋にドライバーのパフォーマンスだけを考慮した場合、今シーズンのトップ3は?」と定例会見で質問された際、マックス・フェルスタッペン、フェルナンド・アロンソとともに角田を名前を挙げ、「ユウキは、とてもいい仕事をしている」と言ったのは、このバトルが念頭にあったからに違いない。

 そして7月のベルギーでは、数々のオーバーテイクで魅了した。まず11番手スタートからの、渋滞状態でのターン1のブレーキングで絶妙のライン取りを見せ、オールージュの飛び込みまでに2台を抜き去っていった(ちなみにその2台は奇しくも、上述のアゼルバイジャンで抜かれたラッセルとストロールだった)。その後も3周目にランド・ノリス、5周目にカルロス・サインツと次々に上位陣を喰い、8戦ぶりの10位入賞を果たした。スタート直後のジャンプアップは、渋滞状態のなかでの最適な位置取りがしっかりできたからこそだった。そして長いケメルストレートからのターン5でのオーバーテイクは、角田の特質のひとつ、ブレーキングの巧さを存分に発揮したからだった。

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著者プロフィール

柴田久仁夫(しばたくにお) 1956年静岡県生まれ。共同通信記者を経て、1982年渡仏。パリ政治学院中退後、ひょんなことからTV制作会社に入り、ディレクターとして欧州、アフリカをフィールドに「世界まるごとHOWマッチ」、その他ドキュメンタリー番組を手がける。その傍ら、1987年からF1取材。500戦以上のGPに足を運ぶ。2016年に本帰国。現在はDAZNでのF1解説などを務める。趣味が高じてトレイルランニング雑誌にも寄稿。これまでのベストレースは1987年イギリスGP。ワーストレースは1994年サンマリノGP。

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