京大野球部の「クセが強すぎる」バットマン 3回生で公認会計士試験に合格し、4回生で安打を量産
【菊地高弘】
甲子園スターも野球推薦もゼロの難関大野球部が贈る青春奮闘記。菊地高弘著『野球ヲタ、投手コーチになる。 元プロ監督と元生物部学生コーチの京大野球部革命』から、一部抜粋して公開します。
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クセが強すぎるバットマン
だが、コロナ禍で戦列を離れていた牧野斗威、愛澤祐亮といった主力が復帰。どん底のチーム状況から脱しつつあった。そして、立命大戦で大爆発したのは、中軸の伊藤伶真である。
身長168センチ、体重76キロのずんぐりむっくりとした体格に、極太眉毛のどことなく愛嬌を感じさせる顔立ち。伊藤はチーム内で「イトゥー」の愛称で誰からも親しまれる、イジられキャラである。
立命大との2回戦で5番・三塁で先発出場した伊藤は、1打席目から安打を連発する。3打数3安打1四球と全打席出塁。京大が挙げた3得点にことごとく絡んだ。水江日々生の一世一代の快投もあり、京大は3対0と立命大を完封。連敗を4でストップした。
伊藤は変人揃いの京大野球部にあって、さらに異彩を放つ人物である。北野高校からの同級生である徳田聡は、伊藤についてこう評する。
「私服のセンスが変わっていて、1回生の頃にはジーンズにトレーニングシューズを合わせて履いてきたほどでした」
ユニホームの着こなしも、独特な感性が際立った。パンツ裾をヒザ下まで上げてはく選手がほとんどのなか、伊藤だけはスネ付近まで下げてはく。ロングパンツ型でもないのに裾を下げているため、伊藤が動くたびに裾がブカブカと波打つ。美的感覚は人それぞれながら、見る人によっては「不格好」と映る着こなしだろう。ただし、伊藤のなかでは「ふくらはぎをケガしたことがあって、裾を下げてるほうが圧迫が少ないので」という正当な理由がある。審判から試合中に「だらしないから裾を上げなさい」と怒られるのが悩みの種だった。
打席に入っても、伊藤の感性はいかんなく発揮される。構えに入る前、伊藤は両手にバットを持った状態で、猛烈な勢いで骨盤をグイッと回して投手方向に向ける。伊藤が打席に入ると必ずこのアクションを起こすため、関西学生リーグの対戦チームは「また始まった」と見ている。だが、伊藤にとってはこの行為も大真面目なルーティンなのだ。
「自分のなかで使う筋肉を意識しています。太もも後ろの筋肉で打ちたいのと、僕の体は硬いので、先に『ここまで動かしてスイングするんだよ』と体に意識づけしているんです」
バットスイングも独特のクセがある。バットのヘッド部分を投手方向に極端に入れてからトップに入る、アクションの大きなスイング。徳田が「全然うまそうに見えない、変な打ち方」と評するように、再現性の低いスイングにも見える。
だが、実際には伊藤はチームトップクラスのアベレージヒッターなのだ。伊藤はこともなげに「高校時代からこの打ち方です」と明かし、その打撃理論を開陳する。
「『トップをしっかりとつくりたい』という考えが根底にあります。最初からトップを固定していると、『静』から『動』に移る時に変な動きになる感覚がありました。そこで『動』から『静』を経て『動』に動き出してみたところ、メリハリができてトップが自然に定まりました。ロスが大きい動きに見られることも多いんですけど、僕のなかでロスはないです」
周囲からは「クセがありすぎ」と評されるが、本人は「そこまで感じたことがない」とどこ吹く風だ。内野守備も伊藤にしかない感覚があり、先代のレギュラー三塁手であるOBの脇悠大は苦笑交じりにこう証言する。
「普通のサードだと左足を引いてゴロを捕るはずなんですけど、伊藤の場合は右足を引いて捕っていたので『それ、変ちゃう?』とアドバイスしたんです。左足を引いてインフィールドに体が向いたほうが捕りやすいし、次の送球動作にも移りやすいはずなので。でも、伊藤はどうしても、それがしっくりこなくて。僕も『人それぞれの感覚があるんだな』と気がついて、それからは伊藤のよさを消さないために細かいことは言わないようになりました」
そうした周囲の配慮を伊藤はどこまで感じているのか、「クリーンアップを打つようになってから意見しづらくなったのか、誰からもアドバイスをもらえなくなりました」と語る。