京大野球部が新主将のもとで始めた新しい挑戦 「足」の脅威で長打を増やし、得点力を高める
出口諒が2022年度の主将に就任した 【京都大学野球部提供】
甲子園スターも野球推薦もゼロの難関大野球部が贈る青春奮闘記。菊地高弘著『野球ヲタ、投手コーチになる。 元プロ監督と元生物部学生コーチの京大野球部革命』から、一部抜粋して公開します。
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絶対に関西弁を使わない新主将
主将 出口諒(栄光学園・外野手)
副将 愛澤祐亮(宇都宮・捕手)
副将 伊藤伶真(北野・内野手)
副将 田中陽樹(東筑・内野手)
主務 三原大知(灘・アナリスト)
新主将の出口は身長185センチ、体重82キロの大型外野手。どことなく山田哲人(ヤクルト)を彷彿とさせる顔つきで、その鋭い眼差しには強い意志を感じさせる。神奈川県出身ながら進学先に京大を選んだのも「同じ人間とつるんでも面白くないし、新しい人脈をつくりたいから」というバイタリティーを感じさせる理由だった。根っからのお笑い好きだが、大阪出身の同期・山縣からは「『俺は関西弁に染まらないぞ』と思っているのか、かたくなに標準語を使い続けてる」と冗談交じりに評されている。
中学、高校は中高一貫の進学校として知られる栄光学園に在学した。高校には硬式野球部がなく、軟式野球部しかない。それでも、出口に硬式野球へのコンプレックスはなかった。
「軟式といってもあと少しで全国大会に出られるような、それなりに強いチームでしたし、先輩の辻居(新平)さんが東大でキャプテンとして活躍していたので。『僕もいけるかな』と甘く考えていました」
体型だけなら大型スラッガーのように見えてしまう出口だが、一番の武器は足にあった。2021年秋季リーグでは代走で2盗塁をマークしている。そんな出口は主将に就任したキックオフミーティングで、こんな提案をしている。
「来年は走ろう!」
前年秋のリーグ戦、一塁ベースコーチを務めた出口にとって印象的なシーンがあった。
「最終節の関学戦で片岡に盗塁のサインが出て、2試合で2盗塁を決めたんです。片岡は足が速い選手ですけど、『意外と決まるんだな』と思ったんです」
そこで、出口は秋季リーグで京大が盗塁に成功したシーンをすべて動画でチェックしてみた。動画を見ながら、出口は「いけるんじゃないか?」と確信を深めた。
「盗塁がアウトになるかどうかは、ピッチャーのクイックモーションのタイムとキャッチャーの二塁送球からタッチまでのタイムの合算で決まります。関西学生リーグのレベルなら、ピッチャーのクイックタイムは1.2秒くらいで、キャッチャーの二塁送球は2秒程度。合算すると3.2秒くらいになります。でも、実際に盗塁シーンを調べてみたら、キャッチャーの二塁送球タイムがほとんど2秒を超えていたんです。プレッシャーのないイニング間の二塁送球なら2秒を切れても、実戦になるとタイムが全然違うんだなと。今年は足の速い選手が多いし、『足を使った野球をやってみたい』という思いが出てきたんです」
冬場は走塁練習に多くの時間を割いた。「スタート」「帰塁」「中間走」「スライディング」と走塁の要素を細分化し、それぞれ基礎的な動作を突き詰めた。3回生から外野のレギュラーに定着していた山縣は、「練習で成功と失敗を繰り返すなかで、少しずつ勘どころをつかめました」と証言する。
ただし、いくら走塁練習を積んでも、スタートを切るには勇気が必要だ。プロ野球の盗塁王であっても、相手投手のクイックモーションを徹底的に研究してクセを見つけ、安心感を持ってスタートを切りたがるもの。京大にも相手チームのクセを分析する「スカウティング班」というグループがある。だが、出口はそうした準備以上に大切なことがあると考えていた。
「みんな盗塁をしたことがないので、不安も大きかったと思うんです。だから、まずは『とりあえず行ってみよう』とチームに呼びかけました」
そして出口は付け加えるように、「まあ、気持ちですね」と言って笑った。日本最高峰の頭脳を誇る京大野球部だが、最後の最後に頼ったのは「精神論」だった。