野球ヲタ、投手コーチになる。 元プロ監督と元生物部学生コーチの京大野球部革命

京大野球部が新主将のもとで始めた新しい挑戦 「足」の脅威で長打を増やし、得点力を高める

菊地高弘

筋肉を愛するミスター・ストイック

 関大との開幕戦は水江の好投もあって、終盤まで京大が1点のリードを保っていた。8回表からは剛腕の水口創太がリリーフのマウンドへ。水口は二死二塁のピンチを迎えたものの、後続を断って関大を0点に抑えて京大の攻撃に入った。

 先頭の代打・梶川恭隆が四球を選んで出塁すると、続く2番打者の3回生・小田雅貴がこの日2本目となるヒットを放ってチャンスを広げる。当たっていた3番の伊藤が三振に倒れ、打順は4番の山縣へと回ってきた。

 山縣は走攻守に能力が高い、アスリート型外野手である。打席に入った山縣は、この回から関大のマウンドに立っていた宮崎隼輔が平常心を失っているように見えた。

「ランナーを気にしとるな。序盤からウチが走ってきたからこそ、ランナーを気にせずにはいられないやろな」

 心理的に優位に立った山縣は、バットを一閃。打球はレフトの頭上を越える長打になった。2人のランナーがホームベースを踏み、京大にとって大きな2点が追加された。

 この山縣の快打の背景にも、主将の出口の思惑があった。出口はチーム内に走塁への意識を植えつけると同時に、「速球対策」を指示していたからだ。

「昨年までのチームは『試合で見る球が一番速い』という状態でした。でも、キレのある変化球を打つより、真っすぐを打つのが一番簡単でもあるわけです。昨年の秋のデータを調べたら、昨秋の京大が打った長打は8本で、うち7本が真っすぐでした。得点効率を上げるには長打を増やすのが一番ですし、そのためには真っすぐを打てるようにしたほうがいいなと」

 積極的に盗塁を仕掛けることで、必然的に相手バッテリーの配球は速球系に偏る。そこで甘いボールを見逃さずに長打にできれば、得点力が格段に上がる。出口の読み通りの形で、京大は4対1とリードを広げたのだった。

 一方、二塁塁上の山縣は己の力を誇示するように、悠然と立っていた。山縣のなかでは「強豪私立とも十分に戦えている」という実感があった。

 山縣は大阪トップクラスの公立進学校・天王寺高校の出身だ。高校までの自分について、山縣は「野球をやっていて、うれしい感情になったことがない」と明かす。たとえ努力しても、強豪私学の壁はあまりに高かった。そんな山縣にとって転機になったのは、母校を訪れた京大生から聞いたこんな言葉だった。

「大学野球はええぞ。甲子園球場でも試合ができるし、高校時代に甲子園に出たような選手とバチバチにやり合えるぞ」

 山縣は「京大に行けば、『野球をやってよかった』と思えるかもしれん」と思い、京大を目指すことにした。現役受験では100点以上も点数が足りなかったが、一浪して猛勉強して工学部に合格した。当時の監督だった青木孝守から「いかに大学の4年間で私立との差を縮められるかや」と発破をかけられ、山縣は自分を変えようと一念発起する。

「スタンドで先輩たちの試合を見ていて、『京大は力負けしてる』と感じました。大学ではフィジカルがないと活躍できないと考えて、本格的に筋トレを始めました」

 折しも2回生の春はコロナ禍で全体練習ができない時期だった。だが、山縣は「不謹慎ですけど、『1人やったら筋トレできるな』と思ってました」と逆境をプラスに変えた。高校時代に身長176センチ、体重65キロと華奢だった肉体は、大学で177センチ、77キロまでビルドアップ。筋肉がつくと飛距離は伸び、肩は強くなり、足も速くなった。

 山縣は孤高を愛する。「人と群れるのは弱さの象徴」と断じ、あえて1人で黙々とトレーニングに励んだ。そんな山縣は、チーム内で「ストイックなヤツ」と一目置かれるようになる。一方で思ったことをズケズケと言う性格でもあり、後輩からは「おっかない」と恐れられた。それでも、山縣が自分を曲げることはなかった。

「京大生は周りの目を気にしすぎなんですよ。そりゃあ人から好かれたほうが気持ちいいに決まってますけど、そればかり気にしてもしょうがないですから。それに、チームに対して厳しいことを言えば自分自身へのいいプレッシャーになります」

 そんな一本気で職人気質の山縣だが、一方で恋愛面に関しては「彼女の尻に敷かれている」という意外なギャップがある。山縣はその理由を力説した。

「デートに行って買い物に連れ回されても、一切反抗しません。とりあえず荷物を持って、後ろをついていく。そりゃあ『まだ回んの? 帰りたい』と思いますよ。でも、結果的に彼女の思うようにしたほうが、自分がラクなんです。それが仲良しの秘訣じゃないですか」

書籍紹介

【写真提供:KADOKAWA】

最下位が定位置の京大野球部に2人の革命児が現れた。
1人は元ソフトバンクホークス投手の鉄道マン・近田怜王。
もう1人は灘高校生物研究部出身の野球ヲタ・三原大知。
さらには、医学部からプロ入りする規格外の男、
公認会計士の資格を持つクセスゴバットマン、
捕手とアンダースロー投手の二刀流など……
超個性的メンバーが「京大旋風」を巻き起こす!
甲子園スターも野球推薦もゼロの難関大野球部が贈る青春奮闘記。
『下剋上球児』『野球部あるある』シリーズ著者の痛快ノンフィクション。

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著者プロフィール

1982年生まれ、東京都育ち。野球専門誌『野球太郎』編集部員を経て、フリーの編集兼ライターに。元高校球児で、「野球部研究家」を自称。著書『野球部あるある』シリーズが好評発売中。アニメ『野球部あるある』(北陸朝日放送)もYouTubeで公開中。2018年春、『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)を上梓。

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