特集:Jリーグ30周年~激動の時代を彩った偉大なチーム&プレイヤー

芸能界きってのサッカー通・平畠啓史が厳選 50年後まで語り継ぎたいJリーグの名珍場面&珠玉のストーリー15選

吉田治良

09年10月17日、横浜FM対名古屋戦の85分に横浜FMのGK榎本が大きく蹴り出したボールを直接蹴り返した名古屋のストイコビッチ監督。伝説の革靴シュートは何位に? 【(C)J.LEAGUE】

 Jリーグ30年の歴史を彩ってきた、忘れがたい数々の名シーンや珍場面。ここでは業界きってのサッカー通で、Jリーグウォッチャーとして知られる平畠啓史さんに登場を願い、50年後にまで語り継ぎたい15のエピソード、珠玉のストーリーを紹介していただく。ピクシーの革靴シュートなど定番ネタはもちろん、平畠さんならではのマニアックな話題も織り交ぜたランキングをお楽しみいただきたい。

15位:粉々になったチェアマン杯

94年6月11日、磐田に勝利してサントリーシリーズ優勝を決めた広島だが、当時クリスタル製だったチェアマン杯が、試合後の混乱の中で粉々に割れてしまう事件が 【写真は共同】

 どうしてJリーグのチェアマン杯が金属製のシャーレになったのか。これはその歴史を知る上でも、語り継いでいきたい話ですね。

 当初のチェアマン杯が高級クリスタル製で、それをサンフレッチェ広島のトレーナーの方が落として粉々にしてしまった。それだけなら「ホンマ、最悪やな」で終わってしまう話なんですけど、その失敗をみんなでフォローして、良い方向に持っていった。もっと言うと、その人のおかげで、今の金属製のシャーレが生まれたんです。たぶん、この方が割らなかったとしても、1年後とか2年後に同じことが起こっていた可能性もあったでしょうね。

 時はちょうどバブルの末期。たぶん、高級クリスタル製のトロフィーでイケイケ感を出したかったのかな。「もうバブルは終わったよ」って、もしかしたら、そんな時代の変化が初代のチェアマン杯を割らせたのかもしれませんね。

14位:城後寿に憧れて来日したシシーニョ

 2017年にシシーニョっていうスペイン人選手が、FC岐阜に移籍してきたんですが、彼が縁もゆかりもない日本でプレーしたいと思った理由が面白いんです。

 このシシーニョ、若い頃は将来を嘱望された選手で、あのセスク・ファブレガスなんかと一緒に03年のU-17世界選手権を戦い、準優勝に輝いたメンバーなんです。そんな彼が、映像で見た城後寿(アビスパ福岡)のプレーに一目ぼれ。「こんなカッコいい選手はおらん、いつか福岡で城後と一緒にプレーしたい」と、ツイッターなんかで訴えるわけですよ。

 結局、福岡とは契約に至らなかったんですが、岐阜への移籍を実現させると、その17年シーズンに福岡と対戦し、試合後に憧れの城後とユニホーム交換をするっていう。これって、すごい話だなって。城後のエレガントさが海を越えた瞬間です(笑)。SNSが発達した今の時代ならではというか、そういう想いを発信し続けたら、叶う時代なんだなって。20年前だったら、まずあり得ませんから。

 時代の変化を感じさせるストーリーですよね。ちなみに、その後徳島ヴォルティス、愛媛FCでプレーしたシシーニョは、20年限りで引退して、今シーズンから徳島でアシスタントコーチをやっていますよ。

13位:秋田豊の叫び「ベベット代えろよー!」

 これは僕が、「この人、プロやなぁ」って思った時の話です。主役は当時、鹿島アントラーズの秋田豊さん。2000年シーズン、日本平での清水エスパルス戦のことでした。

 この年、元ブラジル代表のストライカー、ベベット(ジョゼ・ロベルト・ガマ・デ・オリベイラ)が鹿島に加入したんですが、調子が悪くて全然点が取れなかったんですね。

 それで試合を見ていたら、ピッチからすごい喚き声が聞こえてくる。発信源を探したら秋田さん。審判に文句でも言ってるのかなって思ったら、鹿島のベンチに向かって、「ベベット代えろよー!」って、それこそスタジアム中に響き渡るような大声でずーっと叫んでいるんです(笑)。どんなスターであろうと、調子が悪かったら使うな、もっといい選手は他にもいるだろって……、なかなか言えないですよね。下手をしたら、チーム批判と捉えられてレギュラーの座をはく奪されるかもしれないんですから。

 それでも、チームの勝利のために叫び続けた秋田さん。「かっこいいな、日本にも本物のプロがいるんだな」って、嬉しくなってしまいました。常勝軍団・鹿島ならではのストーリーでしょうね。

12位:ミクスタでしか見られない「海ポチャ」

Jリーグで唯一「海ポチャ」が見られるのが、北九州の本拠地ミクニワールドスタジアム。平畠氏はボールがスタンドを越えた瞬間の空気がたまらなく好きだという 【(c)J.LEAGUE】

 ギラヴァンツ北九州の本拠地、ミクニワールドスタジアム北九州は、小倉駅から徒歩7分とアクセス抜群の素晴らしいスタジアムなんですが、ここでしか起こらない特別な出来事が「海ポチャ」。低めのバックスタンドが海に面しているので、クリアボールがそこを越えて海に落ちるんです。Jリーグの海ポチャ第1号は、当時北九州のGK高橋拓也(現カマタマーレ讃岐)。2017年シーズンの第12節・対ガンバ大阪U-23戦で、彼が蹴ったクリアボールが海へ飛び込んでいきました。

 まだ数回しかないレアケースなんですが、ボールがスタンドを越えていった瞬間のスタジアムの異様な興奮具合と、落下地点に向かって一斉に駆け出していく子どもたちの姿が、僕はたまらなく好きなんです。

 ちなみに海に落ちたボールは、地元の漁業組合に依頼して、ボートなどで拾って回収してもらうそうですが、そういう地域密着感もJリーグっぽくていいですよね。僕は、例えば3-0くらいで試合終盤になったら、わざと「海ポチャ」を狙ってもいいんじゃないかと思うんです(笑)。試合に勝つだけじゃなく、お客さんを喜ばせるのもプロサッカー選手の仕事ですからね。

11位:西村雄一主審の「だって円だもん!」

 これって結構有名なお話なんですけど、西村雄一主審の「だって円だもん!」発言は、やっぱり外せませんね。

 2020年7月18日、鹿島アントラーズ対横浜F・マリノス戦のワンシーン。鹿島の直接FKの場面で、壁を作ろうとしたF・マリノスの選手が、西村主審が引いたバニシングスプレーの線を見て、「なんでこんなに曲がってるんですか?」ってクレームを付けたんですね。これに西村主審が、「だって円だもん!」って返して。このやり取り、大好きです(笑)。

 円にするのは間違ってないんですよ。ボールの中心から半径9.15メートル離れなくてはいけないので、正確にやれば円になるんですけど、普通はそれを理解した上で真っすぐなラインを引くじゃないですか(笑)。きっと、たまたま曲がってしまったのをF・マリノスの選手に突っ込まれて、ちょっと気を悪くしたんでしょう。それでも、その口調が「やかましい、円なんじゃ!」っていうケンカ腰じゃなく、「だって円だもん!」って可愛く返したのが、またいいですよね。

 当時はコロナ禍で観客の入場制限があって、声出し応援も禁止されていたので、集音マイクを通して監督や選手、審判の声がよく聞こえてきたんです。もしかしたら、Jリーグが50周年を迎える頃には、「コロナって何?」みたいな時代が来ているかもしれません。その時に、「こんな時代があったんだよ」って伝えられる、ひとつの象徴的なエピソードでもあると思います。

10位:ドゥンビアの運命を変えた言葉

 その昔、J2の徳島ヴォルティスにドゥンビアっていう、めちゃめちゃ足の速いコートジボワール人FWがいたんです。彼はのちにスイスリーグで得点王になり、ロシアのCSKAモスクワなどでも活躍するんですね。コートジボワール代表として、2010年の南アフリカW杯にも出場しました。ただ、ドゥンビアのサクセスストーリーは、ある女性の“ひと言”がなければ実現していなかったかもしれないんです。

 彼が柏レイソルからのレンタルで徳島に加入したのが08年。この時、徳島の監督は美濃部(直彦)さんだったんですが、資料用のDVDでドゥンビアのプレー映像を見ながら、獲得すべきかどうかずいぶん悩んだらしいんです。たしかにスピードはありそうだけど、本当に使えるのかなって。そんな時に、偶然映像を目にした美濃部監督の娘さんが、「この人、めっちゃ足速いね」って、何気なく呟いたそうなんです。美濃部さんはよく、「プロの言うことよりも、一般の人のピュアな感覚を大事にしたい」って言うんですが、この時も娘さんの言葉で「やっぱり、誰が見ても速いんや」と確信して、ドゥンビアの獲得を決断するんです。

 そしてこの年の5月、たまたまコートジボワール代表がキリンカップで来日するんですね。当時の代表監督は、あのハリルホジッチ。「Jリーグにコートジボワール人がおるやん、ちょっと呼んだれや」と言ったかどうかは分かりませんが(笑)、それまで代表に一度も選ばれたことのないドゥンビアにお声が掛かるんです。つまり、その娘さんの言葉がなければ、ドゥンビアは徳島でプレーしていたかどうか分からないし、代表に呼ばれることもなかったかもしれない。彼女の言葉が、1人のサッカー選手の運命を変えたんです。

9位:山下諒也の“素足のゴール”

22年3月6日の大分戦、1-1の78分に見事なコントロールショットを決めた横浜FCの山下。直前の相手との接触でスパイクが脱げており、“素足”でのゴールに 【(c)J.LEAGUE】

 人間って、例えば誰かに足を踏まれたとかで、靴が脱げることがあるじゃないですか。普通、脱げたら取りに行くと思うんですよ。だけどあの場面での山下諒也選手って、脱げた瞬間に、一切靴の方を振り返っていないんですね。そのままプレーを続けて、シュートを打つ瞬間も、もちろん「俺、素足やな」って分かってると思うんですけど、お構いなしに足を振ってるんです。

 そこが山下選手の感覚の凄さというか……。それやったら最初からスパイクいらんやん、とツッコミを入れたくもなりますが、素足であの見事なコントロールショットですからね。インパクトは強烈でしたよ。だから、ピクシーの革靴シュートとの比較も面白いかもしれませんね。革靴で決める人がいれば、素足で決める人もいるんです(笑)。

※リンク先は外部サイトの場合があります

8位:ホーリーくんの手術と革命児キヅール

直線的でスタイリッシュなフォルムが印象的な、岩手のマスコット「キヅール」。ゆるキャラブームに一石を投じたマスコット界の革命児が、堂々8位にランクイン 【(c)J.LEAGUE】

 めっちゃ小さい話ですけど、ほんわかする話も入れていいですか?

 水戸ホーリーホックのマスコット、ホーリーくんが、長年の地域密着活動ですたれてきたというか、ちょっと年季が入って、よたっとしてきた時期があったんです。ホーリーくんも生き物ですから、手術をしなきゃいけない(笑)。ただ、水戸もそんなに裕福なクラブじゃないし、予算的にも厳しい。そこでみんなのマスコット、ホーリーくんを助けようと募金を集めて、そのお金でやっと手術ができたという話です。ほんわかするでしょ(笑)。もうだいぶ昔の話ですけど、水戸というクラブを支える人たちの愛情というか、ハートフル感が伝わってきますよね。

 マスコットで言うと、いわてグルージャ盛岡のキヅールの話もしておきましょう。

 キヅールは、Jリーグに限らずマスコット界のいわば革命児なんです。ゆるキャラって基本は曲線で、その丸みのあるラインが愛らしいわけじゃないですか。けれどキヅールは直線的でスタイリッシュ。公募で4つくらいの案の中から選ばれた後は、「本当にあの絵を立体化できるのか?」と話題になりました。実際に完成したキヅールはアジリティが異常に高くて、ラボーナだってできてしまう(笑)。2017年秋のお披露目に、残念ながら僕は立ち会えなかったんですが、ネットのタイムラインでトップニュースになるくらい、世の中の関心をさらってしまったんです。

7位:大人たちに諭された群馬の高校生

 2017年シーズンのJ2で、ザスパクサツ群馬は開幕から振るわず10戦未勝利。10節にホームで名古屋グランパスに1-4で敗れると、もうゴール裏のサポーターが怒り狂うわけです。「ふざけんな、社長出せ!」、「監督、なんとか言え!」って。

 その時に、きっと雰囲気に煽られたんでしょうね。とある高校生も「社長出せ!」って叫ぶんです。そうしたら周りも「オーッ!」と盛り上がる。でも、続けて高校生が「(社長が出てこなかったら)俺は帰んねーぞ! 塾サボってやる!」って叫ぶと、その瞬間にすっと空気が変わるんですね。今まで怒っていた周りのおっちゃんたちが、「塾は行きなさい」「親が高いお金を払ってるんだから」「人生がかかってるんだぞ」と、急に高校生を諭すんです(笑)。

 良かれと思って言った高校生も、たぶん戸惑ったと思いますよ。でも結局、彼は塾に行くんです。それで、後日談として、この子が第一志望の大学に合格するっていう……こんなドラマはないなと。もしもその時、周りの大人たちが「そうだ、そうだ、もっと言ってやれ!」ってなっていたら、その後の彼の人生も変わっていたかもしれない。出来過ぎのストーリーですけど、これも僕がJリーグの歴史に残しておきたい大好きな話なんです。

1/2ページ

著者プロフィール

1967年、京都府生まれ。法政大学を卒業後、ファッション誌の編集者を経て、『サッカーダイジェスト』編集部へ。その後、94年創刊の『ワールドサッカーダイジェスト』の立ち上げメンバーとなり、2000年から約10年にわたって同誌の編集長を務める。『サッカーダイジェスト』、NBA専門誌『ダンクシュート』の編集長などを歴任し、17年に独立。現在はサッカーを中心にスポーツライター/編集者として活動中だ。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント