[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第22話 新スタイル「プログレッション」
これを記念して、4年前にスポーツナビアプリ限定で配信された前作をWEB版でも全話公開いたします(毎日1話ずつ公開予定)。
木崎f伸也、初のフィクション小説。
イラストは人気サッカー漫画『GIANT KILLING』のツジトモが描き下ろし。
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「うわぁ、スイスって6月なのにまだ寒いな」
早朝ということもあり、気温は10度を下回っていた。今関隆史がスーツの上から両腕をさすると、主務の勝吉進一が今関の肩に手を回した。
「合宿地はスイスで有名な温泉地らしいから、到着したら入ってみたら? 日本と違って、水着着用だけどな」
バートラガーツは山と山の間にはさまれた峡谷で、ローマ時代から温泉地として栄えてきた。合宿の名所でもあり、ドルトムンテが毎年夏に訪れている。雪化粧されたアルプス山脈を遠くに仰ぎながら、静かな環境でトレーニングに集中できる。
午前はフリーになり、午後に練習が組まれた。ホテルから練習場まで1キロほどの平坦な田舎道で、歩くには距離があるが、車に乗るほどでもない。そこで各自にマウンテンバイクが用意された。
上原丈一は集合時間よりも早くロビーにおり、マウンテンバイクにまたがっていた。さすがに午後は日差しで汗がにじむ。ハンドルに付けられたナビゲーションを頼りに森の中を走り抜けると、ひんやりとした風が選手ミーティングで重くなった心を少しだけ軽くしてくれた。
練習場へ到着すると、ピッチ横に巨大なスクリーンがあることに気づいた。いったいなんだと目を丸くしていると、勝吉が近づいてきた。
「ノイマン監督の要望で急きょ用意されたんだ。横6メートルで縦が3メートル。練習しながら、映像を見せたいそうだよ。冨山会長が『パーソナルアシスタントにどんな人がいいか希望を出してください』と聞いたら、ノイマンさんは『その予算でスクリーンをレンタルして』と言ったんだとさ」
パーソナルアシスタントとは、代表監督をサポートするために導入された役職だ。ノイマン監督から「必要ない」と言われたものの、日本サッカー連盟は気を遣い、フランクフルト大学の日本語専攻でアルバイトを募集した。結局、20歳の女子大生がW杯期間中だけ帯同することになった。
そこで浮かせた経費で、巨大スクリーンをレンタルしたのである。ドイツではRVライプツィヒやホルフェンハイムがいち早く導入し、他クラブもまねをして欧州のスタンダードになった。
ノイマンは選手たちをスクリーンの前に座らせ、まずはアシスタントを紹介した。
「トミヤマの計らいで、フランクフルトの学生が私のアシスタントとして帯同することになった。ユリア・フックスさん、ヤパノロギー(日本学)を専攻しているそうだ」
【(C)ツジトモ】
ユリアは流暢な日本語で挨拶した。
「ユリア・フックスと申します。フックスはドイツ語でキツネという意味です。ぜひ、キツネと呼んでください」
「キツネちゃん、よろしく!」
今関がすぐに合いの手を入れた。こういうときに軽薄な人間がいると場が和むので助かる、と丈一は思った。