[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第22話 新スタイル「プログレッション」

木崎f伸也
 ノイマンは新スタッフの紹介を終えると、ミーティングを始めた。

「一昨日のチリ戦では、私が要求したエクストリームなプレッシングを、君たちは見事に実行してくれた。君たちの理解力、行動力に感謝している。それを受け、チーム作りを第二段階に進めたい。今日、君たちにポゼッションの進化形を授ける」

 巨大スクリーンに「Progression」という言葉が映し出された。

【(C)ツジトモ】

「トミヤマから、日本人選手はポゼッションサッカーを好む傾向にあると聞いた。それに対して、オラル前監督は縦に速いサッカーを求めたが、道半ばでプロジェクトが止まった。私は両方の意を汲み取りたい。ポゼッションと縦に速い攻撃を融合した、『プログレッション』と呼ばれるスタイルに挑戦する」

 プログレッション――この戦術用語の名付け親は、ドイツ代表の主任分析官、ウルス・ジーゲンテラーだ。パスを横につなぐことを「悪いポゼッション」と定義し、パスを縦や斜めにつないで「前進」(progress)すべきだと唱えた。そのスタイルによって、ドイツは2014年W杯で優勝を果たした。リゴプールを率いるドイツ人のクロッポ監督も、のちにそれを参考にした。

 ノイマンはドイツ代表の映像を流して、選手たちにイメージを伝えた。

「勘違いしないでほしいのは、無闇に前へボールを蹴れと言っているわけではないことだ。地面を転がるグラウンダーのパスで、走っている味方の足元に丁寧にボールをつけていく。イメージとしては、バスケットボールの速攻。いわばポゼッション×カウンターだ」

 手本として示されたのは、こんなシーンだ。左サイドバックからボランチへパスが出ると、一斉に選手が前方へ走り出し、早いテンポで斜めのショートパスがつながっていく。そしてゴール前に到達すると、躊躇(ちゅうちょ)なくシュートを打つ。ロケットが次々に点火して、空に上がっていく感じだ。

「攻撃のセオリーでは、ボール保持者をどんどん追い越せと言う。その真理はこのスタイルでも間違っていない。だが、追い越しすぎてもダメだ。なぜなら『プログレッション』は前に急ぐため、どうしてもミスが起こりやすい。こぼれ球を狙う選手が必要だ」

 ここで画面にXが大きく映し出された。

「理想は、ボール保持者の左前と右前に1人ずつ、左後ろと右後ろに1人ずついることだ。いわばXの形だ。左前と右前は角度を開くように動いて、ボール保持者のために道を作れ。後ろの2人は絞ってカバーだ」

 リゴプールの高木陽介が、「へー、これを日本代表でやるとはね」と感心していた。普段クラブでやっていることなのだろう。一方、ユベンテスの丈一にとっては、まったくなじみのないやり方である。

 イタリアでも、味方の斜め後ろに立つのは、守備の基本とされている。「ディアゴナーレ」と呼ばれる動きだ。ただ、それを攻撃でも意識するとは。

「では、今日のメニューを発表する」

 ノイマンはメモを取り出した。

「ウォーミングアップ後、プログレッションの練習を行う。6人のフィールドプレーヤーが、守備者4人からプレスを受けながら、ボールを前に運ぶメニューだ」

 画面に示された布陣は、3バックに望月秀喜、秋山大、水島海が入り、その前に丈一、有芯、今関が並ぶというものだった。この6人でボールを前に運ぶ。一方、プレスをかける役はFW松森虎、マルシオ、グーチャン、MF高木の4人である。

 丈一ら攻撃側はセンターライン上に置かれた4つのミニゴールのどこかにボールを入れたら1点。逆に高木ら守備側はボールをカットして、GKクルーガー龍が守るゴールにシュートを決めたら1点だ。

 ここまで聞いて、丈一は「ショートパスによるつなぎの発展版」くらいに捉えていた。極端なプレッシング戦術に比べたら、はるかに自分の良さを出せる。

 しかし、ノイマンの次の一言で、認識の甘さに気づかされることになる。

「ひとつ言い忘れた。今日の練習において、バックパスは一切禁止にする。なお明日、地元のU19チームとの練習試合を組んだが、その試合でもバックパスは禁止だ」

「え?」

 プログレッションを知るはずの高木も驚きの声をあげた。

「バックパスを禁止したら、サッカーにならんでしょ。前にパスコースがなかったらどうすんのよ。相手を背負って受けなきゃいけないときもあるんだぜ」

 ノイマンは通訳が訳さなくても意味を理解したようだ。チーム全体を見渡し、声を張り上げた。

「君たちには2つのプレーが足りない。前を向く反転と、スペースへのドリブルだ。これにトライしてみろ。そうすればバックパスを出さなくてもサッカーはできる」


 ビルドアップの練習が始まると、予想通り、丈一たちはボールロストを繰り返した。6人対4人とはいえ、後ろにパスで逃げられないため、コースを簡単に予測されてしまう。もしパスを躊躇(ちゅうちょ)したら、相手に詰め寄られてプレスをかけられる。

 もともと丈一はFW、秋山と今関はMFなので、一般的な守備陣に比べたら技術はある。それでもバックパスを禁止されるとつらい。守備陣に自信をつけさせるための練習かと思えるくらい、丈一らはボールを取られ続けた。

「明日のU19の練習試合、あまりにパスミスして、トラウマになるかもしないね」

 早くも今関は諦めムードだ。

 壮行試合のチリ戦では、激しいプレスを求められた。それがスイスに到着したら、バックパスを禁止だという。すべてがあまりにも極端すぎるし、両立できるとはとても思えない。

 いったいどんなサッカーをしたいんだ? 丈一は監督に矛盾を問いたかったが、今の自分はキャプテンとしての立場が揺らいでおり、チームを代表して質問できる立場にない。

 丈一はマルシオとグーチャンに囲まれ、苦し紛れにバックパスを出してしまった。「ピッ」と笛が短く鳴ると、ノイマンから「腕立て5回」と無機質に告げられた。

 その場で手をついて、すばやく肘を曲げ伸ばしする。罰ゲームに慣れつつある自分に気づき、別の情けなさが湧き上がってきた。

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ユリア・フックス

【(C)ツジトモ】

フランクフルト大学・日本学専攻
生年月日:2010年2月14日(20歳)
身長:172センチ

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第1章 崩壊――監督と選手の間で起こったこと
第2章 予兆――新監督がもたらした違和感
第3章 分離――チーム内のヒエラルキーがもたらしたもの
第4章 鳴動――チームが壊れるとき
第5章 結束――もう一度、青く
第6章 革新――すべてを、青く

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

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