[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第5話 ノイマン新監督の就任会見

木崎f伸也

【(C)ツジトモ】

 日本サッカー連盟の公式チャンネルの画面が、記者会見場に切り替わった。フラッシュが明滅する中、冨山和良会長に続いて、細身のスーツにネクタイを締めたノイマンが登壇した。髪型は整髪料をたっぷりつけたオールバックで、銀縁の眼鏡をかけている。監督というより、銀行マンのようだ。最後に通訳が少し遅れてノイマンの横に座った。

「これより日本代表の臨時監督の就任記者会見を行います」

 広報がアナウンスしてから、まずは冨山会長がマイクを握った。「オラルさんの1日でも早い回復を祈ります」という形式的な挨拶(あいさつ)が終わると、ノイマンは無表情のまま、記者たちの後ろに構えるカメラを見た。そして右手でマイクの位置を確認し、「ミナサン、コンニチハ」と日本語で切り出した。

「ワタシノナマエハ、ノイマンデス。ドルトムンテデ、カントクヲシテイマシタ。オウエン、ヨロシクオネガイシマス」

 丈一は一瞬、好印象を抱いた。これまで日本語で挨拶をした外国人の代表監督がいただろうか。長い文章ではないが、母国語でスピーチしてもらえたら誰でも喜ぶ。日本人のプライドに配慮している監督だと思った。

 しかし、すぐにその見立てが間違っていることに気付かされる。通訳を介してドイツ語でのスピーチになると、ノイマンは淡々と冷徹にプライドへの配慮など見せず、日本サッカーの問題点を指摘し始めた。

「現実を見よう。日本サッカーのレベルは、ヨーロッパから大きく遅れている。確かにヨーロッパで活躍する選手は増えている。だが、日本人選手には共通の弱点がある。所属クラブでそれが問題にならないのは、ヨーロッパや南米のチームメートがそれをカバーしているからだ。日本人選手だけのチームになると、弱点がもろに出てしまう。あなたたちは日本代表を過大評価している」

 ある本を読んだとき、中国の歴史家のこんな言葉が載っていた。

「意見を述べるときに大切なのは、相手の誇りとする点を誇張して、恥とする点を述べないようにすること」

 ノイマンのやり方は真逆だ。

 ひとつ救いがあるのは、あまりにも淡々と語るため、人工知能に言われているようで腹が立たないことだ。

 この冷静さの根底にあるのは、自分のサッカー理論への絶対的な自信なのだろう。

「ただし、心配する必要はない。これから私は2002年W杯以降の日本代表の試合と練習の映像をすべて見返し、日本人に合った戦術を考える。W杯開幕までの3週間で、日本サッカーの時計を10年間早めることを約束しよう。日本サッカーの新たなスタンダードを、私が構築する」

 これまで日本代表を率いた外国人監督は、ヨーロッパでオファーがなくなった旬を過ぎた指揮官ばかりだった。今回、ついにヨーロッパのトップの監督が日本代表監督に就任した。

 だが、戦術家が色を出したいがために、自分のスタイルを押し付け、失敗する例はよくある。選手のレベルの低さに失望し、さじを投げる可能性もある。そもそも7月からパリSCを率いるノイマンからしたら、夏のバカンス程度にしか考えていないかもしれないのだ。

 新監督によって日本代表はめちゃくちゃになるのではないか?

 オラルから解放されたという気持ちはすぐに吹き飛び、新たな不安が湧き上がってきた。丈一は口の中がカラカラに乾いたのを感じ、ミネラルウォーターを一気に飲み干した。

<第6話へ続く>

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80%の事実と20%の創作――。

代表チームのキーマンに食い込み、ディープな取材を続ける気鋭のジャーナリストが、フィクションだから描き出せた「勝敗を超えた真相」――。

【もくじ】
第1章 崩壊――監督と選手の間で起こったこと
第2章 予兆――新監督がもたらした違和感
第3章 分離――チーム内のヒエラルキーがもたらしたもの
第4章 鳴動――チームが壊れるとき
第5章 結束――もう一度、青く
第6章 革新――すべてを、青く

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

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