中村憲剛が訴えかける防災意識の大切さ「サッカーと同じで“想定外”への備えを」

吉田誠一

防災模試で点数が出ると注意喚起になる

Jリーグ発足から30年。中村さんは「各クラブが地域の社会課題を解決するフェーズに入っている」と話す。「ソナエルJapan杯」もその一環だ 【Photo by Masashi Hara/Getty Images】

――注意喚起するという点ではJリーグの「ソナエルJapan杯」「ヤフー防災模試」は貴重な取り組みです。模試は受けてみましたか。

 もちろん受けました。高得点ではないけれど、それなりの点数です。でも、まだ足りないと思っています。こうやって自分の点数が出ると注意喚起になるので、これはいいことだと思います。高得点だからといって、あぐらをかいてもいけません。

 各クラブが防災の取り組みをしていると思いますが、リーグが推進すると全体の参加者が増えます。各クラブのファン・サポーターが競うので、非常に良い取り組みだと思います。みんなで防災意識を高め合うことができます。

――Jクラブは地域とともに歩みながら、地域を活性化させ、豊かにする役割を担っています。防災という観点で地域を守ることもJクラブの使命ではないでしょうか。

 Jリーグは発足から30年が経過し、各クラブが地域の社会課題を解決するというフェーズに入っています。リーグがそのためのプラットフォームをいろいろと作っています。今回のソナエルJapan杯もその1つで、地域の課題解決につながる重要な取り組みです。

サッカーも備えることで勝つ確率は上がる

負けないためにどうするか――。現役時代の中村さんは想定外の出来事に対応するため、事前の準備を欠かさなかった。防災も予備知識の積み重ねが大切だ 【Photo by Etsuo Hara/Getty Images】

――サッカーでも、いかに備えるかが重視されています。試合前、あるいは試合中の準備について、どのように考えていますか。

 準備の重要性は攻撃にも守備にも言えることです。僕は中盤の選手なので、その点をものすごく意識していました。試合前に予想、予測して準備をします。味方の隣の選手、周りの選手、相手の選手がどういう出方をするのか、事前に把握して試合に臨むようにしていました。

――予測が外れることもあるわけですよね。

 いくら予測しておいても、ピッチ上ではイレギュラーなことが起こります。相手が分析した通りにやってこない、別の形でくることがあります。その時、対応できませんでした、では済まされません。瞬間的に判断し、手持ちの札、手持ちの形で何とかして良い方向に持っていく必要があります。

 いつもは4枚のDFで守るチームが5枚で臨んでくることがあります。想定外だけれど、想定とは違うところが必ず空くわけなので、いい反応をして得点に結びつけるようにします。適切な反応をするためにも下準備、予備知識が重要です。ハプニングが起きた時に動じないために、日々のトレーニングを積み重ねます。それが、備えるということです。

――準備の重要性は子どもの頃から理解していたのですか。

 そうです。備えていないと負けますから。負けるのが嫌、負けると悔しいので、負けないためにどうするかを考えました。もちろん、備えていても負けることはあります。水を漏らさないように詰めておいても負けることがあります。防災と同じです。でも、準備を怠ってはいけません。できる限りベストの状態を作っておきます。準備の大切さは誰かに教わったわけではありません。監督やチームメイトに委ねるような子どもではなかったので……。

――事前の分析が生きて勝った試合で、印象に残っているものはありますか。

 どの試合がというわけではなくて、相手がこうやってくるだろうという分析がどんぴしゃりと当たることはよくありました。準備したことだけで勝てた試合もあります。準備によって勝つ確率は上がります。

――備えることが重要なのは他のスポーツにも言えることですし、どんなことにも当てはまるのではないでしょうか。

 すべてに当てはまると思います。防災については、それが命に関わってきます。防災意識が薄いと命取りになりかねません。そういう話を子どもたちにしています。そうすれば危機意識が高まるし、学校の防災訓練にも真剣に取り組むようになります。サッカーと同じで、準備しておいても想像の範囲外のことが起きます。その時、できる限り対応できるようにしておく。そのためにも予備知識を積み重ねておかなければなりません。

――これまでJリーグは災害が起きた後のアクションをいろいろと実施してきました。しかし、このソナエルJapan杯のような、災害が起きる前の取り組みはありませんでした。

 何かが起こる前のアクションというのは難しいものです。しかし、こういう取り組みをもっと進めていかなければならないと感じています。サッカーファミリーの横と縦のつながりは速いし、強いと感じています。サッカーの発信力を生かして、防ぐという観点でもう少しやれたらいいなと思います。

(企画・編集/YOJI-GEN)
中村憲剛(なかむら・けんご)
1980年10月31日生まれ。東京都小平市出身。都立久留米高(現・東京都立東久留米総合高)、中央大を経て2003年に川崎フロンターレ加入。中心選手として17年、18年、20年のJ1リーグ優勝、19年のルヴァンカップ制覇など数々のタイトル獲得に貢献。Jリーグベストイレブンには8回選出。16年には歴代最年長の36歳で年間最優秀選手賞に輝く。06年10月にデビューの日本代表では、通算68試合・6得点。10年の南アフリカW杯にも出場した。20年限りで現役引退。現在は古巣・川崎FでFrontale Relations Organizer(FRO)を務めるとともに、解説者としても活躍中だ。

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