井上尚弥、さらなる高みへ ドラマ・イン・サイタマ2編

ドネア、熱望し続けたリベンジの舞台へ 井上戦での“やり残し”を終わらせるために

杉浦大介

“狂い咲き”の背後にある落ち着きと余裕

“ドラマ・イン・サイタマ2” 映画のようなストーリーの果てにある展開は… 【Photo by Toru Hanai/Getty Images】

 こうして述べていくと、ドネアはまるで井上への復讐鬼になったように感じるファンもいるかもしれない。ただ、実際にはフィリピンの英雄がひたすらリベンジへの執念だけをたぎらせながら生きてきたというわけではなく、むしろその逆。今冬にはついに不惑を迎えるドネアは、最近では自然体の落ち着きと日々を楽しむ余裕を感じさせるようになっている。

 すでに4階級制覇を果たし、金銭的にも報われた。美しい家族に恵まれ、2人の息子も元気に育ち、今、自分を必要以上に強く見せる必要も、やりたくないことをやる必要もなくなった。そんなボクサーの言葉に力みは感じられず、1つ1つのコメントに常に説得力がある。だとすれば、「今はボクシングを楽しみたい」という言葉は紛れもない真実に違いない。

 リングマガジンのダグラス・フィッシャー編集長が述べていた「ドネアはまるでボクシングに再び恋をした選手のよう」という表現は言い得て妙である。30代後半までピークに近い活躍を続ける軽量級選手は極めて稀であり、昨今のドネアはほとんど“狂い咲き”。今まさに“第2の全盛期を迎えている”といっても大袈裟ではないが、その背後には精神的な落ち着きがあるのだろう。

 井上に対しても嫌悪感はもちろんなく、バンタム級史上で語り継がれるであろう2人の間にあるのは尊敬に満ちたフレンドリーなライバル関係。これほどまでにリマッチにこだわってきた理由は、井上への敵対心などではない。世界最高級に評価される王者に対しても、百戦錬磨のドネア自身がもう一度戦えば勝機が十分にあると信じているからに他ならない。

「より戦術的に。ただ殴り合うのではなく」

「今の私は(井上との第1戦とは)違う戦い方をしています。より戦術的に戦うようになりました。ただ殴り合うのではなく、(トレーナーでもあるレイチェル夫人が)足の位置、構え方、上半身の位置、カウンターの取り方などを考えてくれます。井上との第1戦ではそれはありませんでした。再戦で井上に勝つためにはそれらが鍵になるでしょう」

 そう自信満々に述べるドネアは、待ちに待ったリマッチではどういった戦術で仕掛けてくるのだろうか。今戦では当然のように井上有利の予想が出されるはずだが、バンタム級で“モンスター”を苦しめる可能性があるのはやはりドネア以外にいない。2年半前、あの運命の第9ラウンドに犯したミステイクを正し、やり残しを終わらせるために。“最高の自分”についに到達するために。引退後の名誉の殿堂入りも確実なドネアにとって、今戦はキャリア終盤の大勝負であると言っていい。

 ゴング前の現時点ではっきり言えるのは、今のドネアは“すべてをかけて臨んでくる”わけではなく、心に余裕があるがゆえに力を出せる状態だということ。自身を知り尽くした職人のようなボクサーは、敵地での再戦に向けても間違いなく最高のコンディションを作ってくるに違いない。

 だとすれば、“ドラマ・イン・サイタマ2”がハイレベルでビューティフルな戦いになることは確実。まるでシリーズものの映画のようなストーリーの果てに、どういったクライマックスを迎えることになるのか。2人の達人が2年半の時を超え、リング上で斬り合う姿が待ち切れない。それと同時に、試合後、いつも含蓄のあるコメントで戦いを振り返ってくれるドネアが、今度はどんな言葉を残してくれるかも今から楽しみでもある。

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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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